泉 麻人 東京深聞《東京近郊 気まぐれ電鉄》西武特急に乗って、秩父の奥の小鹿野へ(前編)

2021年9月8日 09時43分

コラムニストの泉麻人さんとイラストレーターのなかむらるみさんが、電車に乗って東京近郊の街を旅する散歩エッセーです。

西武特急に乗って、秩父の奥の小鹿野おがのへ(前編)

 西武線の池袋駅は去年の夏、この連載で閉園間際の「としまえん」を訪ねた折に来たけれど、あのとき左端の豊島園行き電車とは反対側の右端ホームに新鋭の特急ラビュー号が停まっていた。今回はそれに乗って秩父方面へ行くことになった。

特急ラビュー号に乗って、秩父へ。


 2年前(2019年)の春にデビューしたラビュー(Laview)は、Viewの名のとおり、いかにも眺めの良さそうな広々とした車窓(タテ1.35m、ヨコ1.58m)が、印象的だ。そして、フロントがツルッとしたユデタマゴのような半球型にデザインされた銀色のボディーは、僕の世代の目で見ると、未来的ながらどこか懐かしい。子供の頃のマンガ誌のSF特集なんかに描かれた、宇宙旅行へ行く夢のロケット列車…みたいなのが本当にソコにいる、といった感じなのだ。
 デザイナーズ・ホテルのエントランスのようなドア口から車内へ入ると、明るいカラシ(黄)色の座席がレイアウトされている。これが新幹線ならグリーン車レベルのゆったりとした座り心地で、すぐ横に“身体ごと外の景色に接している”とでも表現したくなるパノラマ気分の窓がある。こういう窓を取り付けるには、安全強度とか日射しの問題とか、様々な工夫が施されたのだろう。

8時30分発の「ちちぶ7号」に乗車(ラビューは他に飯能行の「むさし」西武球場行の「ドーム」号がある)すると、20分ちょっとで所沢、30分ちょっとで入間市に着く。入間市の思い出話(カブトムシ採りをした)を以前書いたが、もはやあの頃の面影はまるでない。昔っぽい雑木林が見えてきたぞ…と思ったら、もう飯能だ。飯能止まりの電車の場合は問題ないが、ここは盲腸線というか、スイッチバック式のルートになっているので、どんづまりの駅ホームに入った後は後ろを先頭にして発車する。お尻の側から進んでいくのが気持ちわるい人は座席の向きを逆転させるのだが、無頓着なのか、めんどくさがり屋なのか、あるいはライブのスタンディングのようについつい出遅れてしまったのか…そのままこちら側を向いている客も何組かいるのがおもしろい。

車窓から眺める武甲山は、標高1304メートル、埼玉県秩父市と横瀬町の境界にある。


 吾野あがの(僕の小学生時代はココが終点だった)を過ぎて正丸トンネルをくぐると、車窓は完全な山景色になる。横瀬あたりの左の車窓に石灰岩切り出しの景観が特徴的な武甲山を眺めて、ラビュー号は定刻通り9時51分に西武秩父に到着した。
 冒頭で秩父方面とボヤかしたのは、今回の目的地が秩父市街よりもその先の小鹿野町だからだ。とはいえ、そちらへ行くバスの時間まで小1時間余裕があるので秩父の中心街を散策することにしよう。
 西武秩父のすぐ先には秩父鉄道の御花畑おはなばたけという珍名の駅があり、この駅の西方に秩父神社へ向かう旧道が続いている。
木造洋館の玄関先に棕櫚しゅろの木なんかを植えた古い医院、アールデコ建築のタバコ屋、昔1度入ったおぼえのある「パリ―」という戦前カフェー調の大衆食堂…どことなく西洋趣味の古家が目につくのが秩父神社の門前通りの特徴だ。

 秩父神社は12月の夜祭でにぎわっているときに来たことがあったが、夏の本日は閑散としている。<疫病除け>と記した茅の輪の前で、若い女性が真剣に説明書きを読んでから輪をくぐっている様子が目に残った。
 神社の西側の国道ぞいの古い建物(松竹秩父国際劇場という昔の劇場を再利用したレストランなど)、横目に眺めて、道生町の停留所から小鹿野おがの方面へ行くバスに乗る。なじんだ旧塗装の西武(観光)バスは荒川を渡り、少し北方の蒔田という地区を迂回するようにして峠の向こうの小鹿野をめざす。「いちご直売所」「プラムの里」…といったフルーツの名産地らしい看板を見て、赤平川という荒川の支流を渡ると小鹿野の町に入る。
 清流と歌舞伎の町――なんていう町のキャッチフレーズが掲げられているが、この山間の町には江戸後期からの歴史を持つ郷土歌舞伎ともう1つ、「わらじカツ丼」というユニークな名物があるのだ。






後編へ続く。
次回は、9月22日(水)更新予定です。
お楽しみに。
 




PROFILE


◇泉麻人(コラムニスト)
1956年東京生まれ。慶応義塾大学商学部卒業後、編集者を経てコラムニストとして活動。東京に関する著作を多く著わす。近著に『夏の迷い子』(中央公論新社)、『大東京23区散歩』(講談社)、『東京 いつもの喫茶店』(平凡社)、『1964 前の東京オリンピックのころを回想してみた。』(三賢社)、『冗談音楽の怪人・三木鶏郎』(新潮新書)、『東京いつもの喫茶店』(平凡社)、『大東京のらりくらりバス遊覧』(東京新聞)などがある。『大東京のらりくらりバス遊覧』の続編単行本が2021年2月下旬、東京新聞より発売された。




◇なかむらるみ(イラストレーター)
1980年東京都新宿区生まれ。武蔵野美術大学デザイン情報学科卒。著書に『おじさん図鑑』(小学館)、『おじさん追跡日記』(文藝春秋)がある。
https://tsumamu.tumblr.com/






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