<つなぐ 戦後76年>帝銀事件「風化させない」 登戸研資料館館長が講演 秘密戦部隊との関わりに迫る

2021年8月31日 07時27分

山田さん(右上)が、帝銀事件と日本の秘密戦について語ったオンライン講演

 一九四八年に帝国銀行の行員十二人が毒殺された「帝銀事件」について、旧日本陸軍の秘密戦部隊の関わりに迫る講演がオンラインであった。事件をめぐっては、逮捕された画家の平沢貞通・元死刑囚の遺族が現在も再審請求を続けている。戦後最大の冤罪(えんざい)事件とされ、「風化させてはいけない」と明治大の平和教育登戸研究所資料館が開催した。(山本哲正)
 同資料館では、事件から七十年の節目に当たる二〇一八年に、改めて当時の捜査資料を分析した。講演では山田朗館長が研究成果を披露した。
 着目したのは、使用毒物の不可解な変更だった。
 警視庁の捜査本部に集約された情報を記した「捜査手記」では当初、暗殺用の毒物などを取り扱った登戸研や、中国東北部で細菌兵器の開発を進めた731部隊(関東軍防疫給水本部)などの関係者がリストアップされ聴取されていたことが分かるという。
 一九四八年四月に聴取を受けた登戸研の関係者は、事件の使用毒物について「(事件の)状況は青酸カリとは思えない」と指摘。登戸研で開発されて暗殺に使いやすく、一般には入手の難しい「青酸ニトリール」との見立てを語っていた。
 だが、同年八月に逮捕されたのは、軍とも毒物とも無縁の平沢画伯だった。
 実際に使われた毒物の十分な鑑定ができていない状況で、この登戸研の関係者は見解を変更。同年九月に捜査会議に出席した際には「一般市販の工業用青酸カリ」と断定したという。
 背景には、米国の思惑があったとみる。当時、米ソ冷戦の激化を背景に、米国が731部隊や登戸研関係者に対して、研究成果の提供と引き換えによる免責を進めていた。
 山田さんは「旧軍関係者を守るため、軍の秘密について警察にも口外しない口止め圧力が、帝銀事件の捜査の過程で強まった」と指摘、青酸カリ使用説に転換していったとの見方を示す。「米軍による731部隊や登戸研関係者への免責と帝銀事件捜査への介入が、まさに時期的に符合する。占領政策の転換によって、戦前的なものが戦後に生き永らえていく過程だった」と指摘した。
 講演は九月上旬にユーチューブで公開される予定。
<帝銀事件> 1948年1月26日、東京都豊島区の帝国銀行支店に男が現れ「近くで集団赤痢が発生した。進駐軍が消毒する前に予防薬を飲んでほしい」と行員ら16人に毒物を飲ませ12人を殺害。男は現金を奪って逃走した。
 同年8月、平沢画伯が逮捕されたが、公判で無罪を主張。死刑確定後も再審請求を重ね、87年に95歳で亡くなった。2015年には遺族が第20次再審請求を申し立てている。

関連キーワード


おすすめ情報