民意と政治 目安箱から300年

2021年8月31日 07時28分
 享保六(一七二一)年、江戸幕府は、民の声を聴くために目安箱を設置した。それから三百年。現代日本の代議制民主主義の下では、民意は選挙で選ばれた首長や議員を通して政治に反映される。ただ、社会の変化や情報革命に伴って、民意と政治の関係は多様化もしている。

<目安箱> 「享保の改革」で知られる江戸中期の8代将軍・徳川吉宗が1721年に設置した。「目安」は、訴状のこと。箱は月に3回、評定所の前に置かれ、庶民が意見や提案などを文書で直訴できた。氏名や住所の記入が必須で、匿名の文書は無効とされた。将軍が目を通し、施策に生かされた例もあった。2020年9月には河野太郎行政改革担当相が、個人のサイトに「行政改革目安箱」を開設した。

◆女性の意識変化が鍵 中央大教授・鳴子博子さん

 民意を正確に把握することが難しい代議制の下で、住民投票は一つの有効な手段です。選挙では人や政党に投票するのに対し、住民投票では、原発の建設など具体的な政策について、賛否を表明します。住民が直接、意思表示できるという意味で優れた制度だと思います。
 ただ、住民投票の結果には法的拘束力がないなど制約が多く、現状では補完的な位置付けです。そこで選挙が重要になるのですが、選挙をしても何も変わらないと感じている人もいます。なぜでしょうか。政治が市民の遠くにあるからです。今のままでは政治離れが進みます。政治は本来、市民と地続きでなければならないものです。
 市民の側のスタンスも問われます。若い人たちと政治の話をしていると「知識がないから判断できません」という声をよく聞きます。でも、政治には特別な知識や能力、資質は必要ありません。政治は倫理です。善いか、悪いか。その判断は誰でもできるはずです。
 見えない境界線をつくり、政治は向こう側の人間がするものだと思い込んでいる人もいます。自分は関わろうとせず、そのくせ期待通りにならないと政治家を非難する。自分は責任を果たしているのでしょうか。人任せではなく「脱職業政治」の精神を持つべきだと思います。
 近く、衆院選が行われます。選挙で大切なのは、当事者意識を持つこと。さまざまな争点について、まずは自分で考える。そして、自分の考えに近い候補者や政党に投票する。別の人が当選したとしても、能動的に考えることに価値があります。
 十八世紀の思想家ルソーは、意思は代表され得ないと考えました。フランス革命期には、多くの人が、直接民主制こそ本当の民主主義で、代議制は必要悪だと意識していました。パリの女性たちは、飢えから家族を救うため、ベルサイユからパリに国王を強制的に連れ帰るベルサイユ行進を行いました。
 現代においても、代議制は不完全な制度です。だからこそ、どうしたら、よりよい制度に近づけることができるのか、どうすれば民意が政治的決定の中に入っていけるようになるのかと考える必要があるのです。
 鍵を握るのは女性です。男性任せでは政治は変わりません。女性が意識を変え、能動化することで政治の質は転換すると思います。 (聞き手・越智俊至)

<なるこ・ひろこ> 1957年、東京都生まれ。博士(政治学)。専門は社会思想史、政治思想史。中央大社会科学研究所長。著書に『ジェンダー・暴力・権力』(編著)『ルソーと現代政治』など。

◆データで共創社会へ 慶応大教授・宮田裕章さん

 現代は農業革命、産業革命に次ぐ情報革命の真っただ中。産業の形を根本から変えました。影響はそれだけではない。情報革命は技術つまり社会の「手段」の変化と思われていますが、社会の「本質」の変化をもたらそうとしています。暮らしのあり方を変え、人と人のつながりさえ変える局面に入っている。それは人とコミュニティー、人と国家のつながりも大きく変えるでしょう。
 民主主義も新しい形が求められます。これまで民意は投票という形で政治に反映されてきました。経済合理性という一つの軸に基づくトップダウン式の政治運営にはふさわしいシステム。個人(有権者)と国家というセットメニューです。
 しかし今や、経済合理性以外に人権、環境、教育など大切な軸が多様に存在しています。多様な価値の軸に基づいて、個人がさまざまなコミュニティーやネットワークを形成し、その中で社会のあり方や未来を考え、行動していく。今は、情報革命でそんなつながりのデザインが可能な転換点にあるのです。
 そうした多層型の民主主義を可能にするのがデータだと私は考えています。個人の買う、働く、学ぶ、ボランティア活動をするといったあらゆる行動がデータによって可視化され、世界とつながり、社会に反映される可能性を持っています。つまり、日々の選択そのものが、良き社会に向けての投票になり得るのです。
 しかもデータによって行政が市民一人一人に寄り添うことが可能になります。民主主義は通常、「最大多数の最大幸福」を目指しますが、データならば「最大多様の最大幸福」が可能になります。
 データはまた、石油や石炭など産業革命をけん引した資源とは全く違います。資源はなくなってしまうので奪い合うしかなかった。競争こそが全て。しかし、データは減ることはなく、共有できる。活動の原理も奪い合いや競争から、共有や共創に変わっていくでしょう。単に人との共有ではなく、動植物や環境など生態系全体との共存、共有にもつながります。
 大事なのは、共有される多様な価値が経済合理性のように絶対的なものではないということです。それは対話に向けた一つの手段。進むべき未来を共に考えていく対話こそが必要なのです。 (聞き手・大森雅弥)

<みやた・ひろあき> 1978年生まれ。専門はデータサイエンス、科学方法論。LINEを使った「新型コロナ対策のための全国調査」を手掛ける。著書に『データ立国論』(PHP新書)など。

◆議論続け 良い社会に 日本NPOセンター特別研究員・椎野修平さん

 岡崎洋神奈川県知事(当時)の政策で一九九六年、かながわ県民活動サポートセンターができた際、半年かけて市民と共に運用ルールを作りました。施設自体は既に完成していましたが、行政が使い方を決めてしまうのはおかしいという判断で、施設を使いつつ話し合いを続けました。市民と行政が一緒に絵を描いたことで、使い勝手の良い施設になったと思っています。
 岡崎知事の就任会見で、環境庁の事務次官だった経歴などから「天下りではないか」という質問が出ました。その際、知事が「私はパブリックサーバントです」と答えたことを覚えています。パブリックコメント(パブコメ)という制度を考える際、市民が主権者であり、役人はその奉仕者であるという大前提がとても重要になります。行政が提案した都市計画や条例に市民の意見を取り入れるという現行のスタイルではなく、政策を立案する段階での市民参加、意見反映をいかに実現するかが肝心です。
 市民と行政とでは事業の優先順位も違うし、使う用語も異なります。そこで調整役が大切な役割を果たすことになります。サポートセンターのルール作りの際に、私は役人側の調整役でしたが、議論百出する中で、市民側からも調整役が現れ、落としどころが見えてきました。時間をかけて話し合うことで、意見集約ができる可能性は高いと考えています。地域や世の中を良くしたいと考える人たちから出る意見ですし、役人も市民の一人ですから。
 目安箱には鍵が掛けられていて、意見が直接為政者の将軍に届いたそうですが、パブコメは違います。担当者が三段階(○=案文に反映した、△=今後の参考とする、×=法律上採用できないなど)で評価していますが、成果指標がないので、この処理が適切だったかどうかの判断が難しい。パブコメを経てできた条例や総合計画には、三年に一度市民参加の上で見直すという付則を設けるなど、事後の仕組みづくりが、前段階の意見集約と並んで不可欠でしょう。
 NPOの仕事には、結果として行政の仕事のスリム化を助けるということもありますが、市民の思いを社会的な力にすることが第一に求められています。それぞれの活動分野で、具体的な政策を提言し制度化を図るような活動が活発になればと思います。 (聞き手・中山敬三)

<しいの・しゅうへい> 1948年、神奈川県生まれ。同県庁勤務時、かながわ県民活動サポートセンターで10年間、NPOの支援などに従事。2012年から認定特定非営利活動法人の特別研究員に。


関連キーワード


おすすめ情報