王座戦に挑む“中年の星”木村一基九段 AIで将棋研究「挽回きかぬ優劣に直結」 

2021年8月31日 18時00分

 ―AIの話が出ましたが、AI研究は将棋にどういう影響を与えましたか
 「昔は『これにていい勝負』という結論で終わることがよくありましたが、今はそれでは甘い。その先はどうなの、というところまで研究しないと。挽回のきかない優劣にまで研究が直結するようになった。ぶつかった段階で準備したものの成否が出て、ミスがなければそのまま一方的に終わってしまう。力で挽回できるという時代は終わったと言える。それだけ事前準備の持つ意味が大きくなっています」
 ―挑戦決定直後の記者会見では「研究時間を増やした」との話でした。2年前の王位挑戦時にも同じ言葉があったが、そこからさらに増やしたということですか
 「そうです。もう、ほかにやることがあまりない。趣味もなくなり、飲みに出掛けることも減った。空き時間があればパソコンに向かっています。記憶力も悪くなってるから、繰り返しやらないといけない」
 ―酒量も減りましたか
 「飲んでますけど、量は減ってますね。酔っぱらっちゃいますから。飲んでから研究することもあるが、いいものが出ても忘れちゃう。やった気分になってるだけで良くない。直さなくてはいけないところです」
 ―対人での研究会とパソコンでの研究の比率は
 「パソコンを見ていろいろ考えている時間が一番長く、研究会で人を相手に試し、そこで考えたことをまた検証し直す、という感じです。ただ、以前のように感覚でこれをやってみたい、というのではダメ。こういう理由で試してみたいというところまで突き詰めないと、時間の無駄になる。そういう手間を惜しんではいけない。あと大事なのは記憶力ですね」
 ―独りでパソコンと向き合うのは、つらい作業にも思えますが
 「AIは最善手を教えてくれるけど、なぜその手がいい手かは教えてくれない。結論を自分で導き出さなければならず、そこはつらいところ。ただ、やってて良かったと思う時はある。『あ、こういうことか』と、今まで分かっていなかった理由を発見した瞬間というのは面白いし、やりがいも感じます」
 ―研究用のマシンやソフトにこだわりは
 「そこは何でもいいと思ってますが、正月にパソコンは買い替えました。藤井さんが使っていたCPU(中央演算処理装置、AMD社のライゼン・スレッドリッパー)を搭載した高級機種。妻に『何が変わったの?』と聞かれたけど、私も分からない。読んでいる手の表示数は増えたけど、『こんなにするの?』というのを買ったんだから、そりゃそうでしょと。でも研究に向かう気持ちは保証されました。元を取らないと(笑)」
 ―それだけ研究時間を増やし、効果を実感しますか
 「いや、現状維持が精いっぱいです。今回の挑戦だって名誉なことではあるが、力が付いたというより、たまたま星が偏っただけ。ツイていたということだと思っています」

王座戦第1局の対局場の検分をする永瀬拓矢王座(左)と木村一基九段(日本将棋連盟提供)

 ―永瀬王座との5番勝負について、印象は
 「根性の人、ですよね。まんべんなく勝っていて、調子がいいんだろうと感じます。ただ、過去の対戦数が少ない(3勝3敗)ので、まだよく分からない相手という印象です」
 ―理想の展開は
 「番勝負は1局勝つと違ってくるので、なるべく早く1回勝ちたいというところ。あとは私が1日制のタイトル戦がかなり久しぶりなので(2009年の棋聖戦以来)、ペース配分が大事かとも思います」
 ―最後に、今回の挑戦について。長年の目標だったタイトルを一昨年獲得し、普通なら満足し、気が抜けてもおかしくない。そこでさらにアクセルを踏み込んでいけた要因は
 「現状維持の延長ですよ。落ちないように、といろんなことをやっている中で、一つだけいいことがあった。実力の割にそれが目立っているという感じです」
 ―とはいえ、その年齢で趣味の時間もなく将棋に向き合い続けるのは、並大抵の努力ではないですよね
 「確かに、これだけ勉強しなくちゃいけないというのは、10年前には想像し得なかったことではあります。ただ、AIによって全体的なレベルが上がったこともあり、棋士はみんなきつくなった。私だけがきついわけじゃない、という思いでやっています」
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