私的な「小さな物語」こそ『心はどこへ消えた?』 臨床心理士・公認心理師 東畑開人さん(38) 

2021年9月5日 07時00分

 文芸春秋提供

 コロナ禍と重なる二〇二〇年五月から一年間、週刊文春にエッセー「心はつらいよ」を連載した。「寝ても覚めても何を書くかを考える地獄のような日々で。でも振り返れば『心』を書こうとしていたんだなと」
 連載をまとめた本書は<ちょっと長めの序文>に始まる。三十ページ近い文章で、この一年で執筆しながら考えたことを追う。当初、臨床心理士として病禍の心について書き進めた。だが、夏ごろには既に書くことがなくなっていた。「心というのは極めて私的な領域の話。でも、コロナは私的領域を無くす病。心について書くことが難しくなった」
 心はどこへ消えた? タイトルは連載中にぶつかった問いだった。思考を深めると、コロナ前から政治や経済などの「大きすぎる物語」ばかりが語られ、個人の複雑な事情といった「小さな物語」はかき消されてきたと思い至った。心が宿るのは後者。<心は何度でも再発見されねばならぬ>との思いから<具体的で、個別的で、カラフルなエピソード>をつづっていった。
 四十一編の多くは、自身の身の回りと、カウンセリングを受けるクライエントの小さな物語を記し、両者に通底するものを考察する。例えば、SMAP解散の衝撃と首のチック症状に悩む男性の話から、変化への対応へ。教える大学の重要会議に遅れた失態は、部屋のきれいなネトウヨ少年へと続き、他者と接する意味に触れる。中でも、忙しさで見失った心と再会する、夢と覚醒の合間を書いた<午前4時の言葉たち>は気付きがあった回。「つながりの大切さを軸に考えてきたが、孤独の価値を発見した。自分の孤独を見ないと他者と深くつながれない」
 心の操縦法を明快に説いた本ではない。「カウンセリングのプロセスを書いた」と説明する通り、心が見えない時間を一緒に過ごす中で、再び発見していくさまを書いたと表現する。役立つか否かより、願いは「誰かの小さな物語から、自分の中にあった物語を連想してもらうこと」という。
 京都大大学院博士課程を修了後、沖縄の精神科クリニックでの経験を基に『居るのはつらいよ』(第十九回大仏次郎論壇賞)などを出してきた。論文だけでなく一般向けに書くのは、臨床心理学は「半分は科学、もう半分は文学だから」との考えから。「書くことは、臨床心理学者として中核的な仕事なのではないでしょうか」。文芸春秋・一六五〇円。 (世古紘子)

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