創作は一生飽きない 新刊『結 妹背山婦女庭訓 波模様』を刊行 大島真寿美さん(作家)

2021年9月4日 12時48分
 二〇一九年の直木賞受賞から二年。大島真寿美さん(58)が八月に、受賞後第一作となる『結(ゆい) 妹背山婦女庭訓(いもせやまおんなていきん) 波模様』(文芸春秋)を刊行した。受賞作『渦 妹背山婦女庭訓 魂結び』の続編となる一冊。長く考え続けてきた創作とは何かということに、変わらず目を向けている。
 名古屋市で暮らす大島さんの自宅近くにある「七五書店」で待ち合わせた。入り口正面に、常設の大島さんコーナーがあり、新聞記事の切り抜きがひしめくパネルが目を引く。
 新刊の『結』は、『渦』で主人公だった、江戸中期の大坂の浄瑠璃作者・近松半二に連なる人々を描く。「生きてきた中で、飛び抜けて書くのが楽しかった」という『渦』。書き上げた後も「頭の中が江戸一色のままで、戻ってこられなくなっちゃって」。次の作品の資料が読めないほどで、困った末「頭の中を何とかするために」もう一度あの世界を書くことにした。
 とりわけ、前作で物語の筋からこぼれた、同時期に大坂で活躍した戯画作者・耳鳥斎(にちょうさい)には心が残っていた。浄瑠璃の語り・義太夫節も巧みだった人物。耳鳥斎の人生に、半二の娘おきみや、半二の弟子で後に歌舞伎作者に転向した近松徳蔵らの生きざまが交錯していく。「『渦』から波が広がっていくみたいに、どんな模様が広がっていくのかを考えた」。書き終わったら「成仏したみたいに、きれいに頭の中から江戸が抜けていった」そうだ。
 『渦』の執筆を前に初めて見た文楽は「この面白さを知らずに死ななくて良かった」と思うほど。物語に没入できる音楽にも近い語りが特質と捉える。「『渦』は語りがやりたかった」
 もともと会話文でかぎかっこを付けたり付けなかったりする独特の文体をもつ大島さん。地の文と会話を区別せずに書く古典の世界へ「先祖返りしていたのかも」。普段から、生理的な感覚に従ううち、書きながら、かぎかっこが次第に消えがちになるという。
 かっこの有無は、何を基準に決まるのだろう。「自分の中の気持ちよさ、読まれたときの濃淡…一つじゃない気がする」と、深く潜っていくように思案する。掘り下げるうち、とうとう「リズムだと思っていたけど、今話していたら違うような気がしてきた。次からリズムって言うのやめる」との言葉が飛び出す。自分の感覚を的確に表現できる言葉をつかもうと、思索は続いた。
 中学生の時「そうやって生きていくんだろうな」と思い、進路調査に文筆家になると書いた。短大卒業後、友人の頼みで脚本を書いたのを機に劇団を旗揚げ。しかし演出が肌に合わず、一人で作品世界を作り上げられる小説を再度志す。
 一九九一年、後に単行本デビュー作となる「宙の家」が、すばる文学賞で最終候補作に入った。作家の故矢川澄子さんに「他のを書いて応募したら」と言われてその気になり、海外旅行にたつ空港から送った応募原稿が「春の手品師」。九二年に文学界新人賞を受賞し、デビューした。
 「小説の筋力が付いた」と振り返るのが、最初の直木賞候補作『あなたの本当の人生は』(二〇一四年)。小説家や秘書など、登場人物が入れ代わり立ち代わり語り手になる、複雑な技巧を使った。『ツタよ、ツタ』(一六年)など、創作にまつわる作品は多い。
 「虚構って人にとって何なんだろう、なぜ必要なのかというのは常に考える」。幼いころから読書家で、現実より虚構を浴びる時間の方が長くなった。今や虚構と切り離せない自らの意識が、どうしても作品にしみ出す。時に食い合うこともある虚構と現実との関係にも、興味は尽きない。
 どの作品も、書くごとに新しい発見と楽しさが得られると語る。「何年やっても飽きない。一生遊べる。よかったあ小説が書けて!」と、からっと言った。
 コロナ禍で、サイン会など読者と接する機会は得られないまま。せめてもと、七五書店で変わらずサイン本の注文に応じている。インタビューを終えると「さあ、やろうかな」とレジカウンターに入り、サインペンを手に山積みの本に向かい始めた。 (松崎晃子)

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