プロ20年積み重ねて…栗山巧が2000安打 史上54人目、西武生え抜きでは初

2021年9月4日 18時14分
楽天戦で史上54人目の通算2000安打を達成し、記念のボードを掲げる西武・栗山=楽天生命パーク宮城で(共同)

楽天戦で史上54人目の通算2000安打を達成し、記念のボードを掲げる西武・栗山=楽天生命パーク宮城で(共同)

 西武の栗山巧外野手(38)が4日、楽天生命パーク宮城で行われた楽天17回戦の9回、牧田和久投手から左前打を放ち、史上54人目となる通算2000安打を達成した。西武で生え抜き選手が2000安打を記録するのは初めて。
 プロ20年目、通算2041試合目の出場で果たした。今季は2000安打まで残り74安打で迎え、開幕から83試合目の出場で大台に乗せた。
 栗山は入団3年目でデビュー戦となった2004年9月24日の近鉄戦(大阪ドーム)に9番・左翼で先発し、7回に小池秀郎投手からプロ初安打をマークした。
 兵庫・育英高からドラフト4巡目で02年に西武へ入団。08年シーズンには167安打を放って最多安打のタイトルに輝くとともに、チームのリーグ優勝と日本一に貢献した。10年、11年シーズンはフルイニング出場。16年はオールスター戦に初選出された。

◆地味でもコツコツ、西武ファンのヒーロー

 個人タイトルの獲得も、球宴出場も1度しかない。歴代53人の大打者と比べれば地味な存在だと、西武の栗山は自覚する。「ばーっと(活躍するの)が理想だったが、積み重ねていく路線になった」
 ボールを呼び込み、逆方向にも鋭い打球を飛ばす屈指の巧打者が誕生するきっかけは新人時代。合同自主トレーニングで同じ高卒の中村のティー打撃に衝撃を受けた。「ものが違う」。その後400本塁打以上を放つ同期の強烈なスイングを見て、力不足を痛感した。高校通算47本塁打。長打力は売りの一つだった。田辺2軍打撃コーチ(当時)に言われた。「3割打者になれ」。生き残る道を悟った。
 環境を糧に技を磨いた。1、2軍ともに拠点の所沢は埼玉の郊外にある。他球団の選手は試合後、食事に出掛けることも珍しくないが「どこへ行くにも時間がかかる。それなら打って帰る」。居残り練習に充て野球漬けになった。
 3年目の2004年、シーズン最終戦の近鉄戦でデビューし、初安打をマークした。「安打が出なかったら次はなかった」。与えられた最初のチャンスをものにした自信。貴重な第一歩だった。
 若手の頃から、野茂英雄氏らに携わった大川達也トレーナーの指導を受けた。故障を防ぐ筋トレを学び「けがは少ないと思う」。死球による骨折などはあったが、調整不足による筋肉系の大けがは記憶にない。07年から昨年までの14年間、出場が100試合を下回るシーズンはなかった。
 中島(巨人)や炭谷(楽天)ら同世代が飛躍を求め球団を去るたび、寂しさを覚える一方で「その人の人生がある」。フリーエージェント権を取得しても残留を選んだ。
 かつては誰もが憧れるスターを目指したが「できなかった。日本代表に選ばれたこともない」。ただ、西武ファンのヒーローであり続ける。「自分は自分の道を歩きたい」。信念を貫く38歳は、自らの歩幅で大台にたどり着いた。(対比地貴浩)

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