週のはじめに考える 雑草に学ぶ「弱さの力」

2021年9月5日 07時25分
 人混みを避けるため、遠出せず、近所の散歩を日課にしている人も少なくないはずです。
 そんな時、道端の雑草たちを観察してはどうでしょう。よく見ると、けっこう個性的です。目立たないですが、小さい花をつけていることもあります。
 そもそも「雑草」という草はありません。名前をよく知らない草を、ひとまとめにこう呼ぶのですから、失礼な話です。
 イヌとか、カラスという単語を付けられた草が多く、少し気の毒にもなりますが、それだけ身近な存在と言えるでしょう。
 代表的なものを挙げてみましょう。ヤハズエンドウ、メヒシバ、オオバコ、ネナシカズラ、エノコログサ=写真。

◆広島に希望を運んだ緑

 一九四五年八月に原爆が投下された広島には、七十年間生物はすめないと言われました。
 しかしその翌年には八十七種の雑草が生育を始め、人々に希望を与えたという記録があります。
 太平洋戦争で激しい空襲に遭った日本の各都市でも、まずは雑草が息を吹き返しました。
 雑草を好んで題材にした歌人もいます。島秋人(しまあきと)。強盗殺人で死刑囚になった後、短歌に目覚め、その作品が注目を集めました。
 「刈られずに花となる雑草(くさ)触りつつ空青き日に生くるは楽し」
 先の短い自分の命と、雑草を重ね合わせたものです。六七年に刑が執行されました。
 逆境に立ち向かって、何度でも立ち上がる。やっかいだが、しぶとい。雑草に、そんなイメージを抱くかもしれません。スポーツ選手の中には、雑草の姿を自分の目標にする人もいるほどです。
 しかし、実像は全く違っていると指摘するのは、稲垣栄洋(いながきひでひろ)さんです。静岡大学の教授で、植物や動物に関する多くの著作で知られています。
 稲垣さんの表現を借りれば、雑草は「弱い植物」です。
 好んで生えるのは、公園や道端、空き地などです。もちろん人間に踏みつけられたり、突然引っこ抜かれたりします。あした何が起きるかさえ読めません。
 雑草が、あえて厳しい環境を選ぶのは、それなりの理由があると稲垣さんは書いています。
 「まともに戦ったのでは、勝ち目がない。そこで、競争力を求められない予測不能な変化の起こる場所を選んでいるのである。雑草は弱い植物だから、競争のない場所を選んでいるともいえる」(「『雑草』という戦略」)
 雑草にとって最大の試練は、人間や自転車、自動車など重いものに踏まれることです。
 例えばオオバコ。子供のころ、この草で遊んだ人もいるでしょう。漢字名は、何と「車前草」です。はるか昔から、馬車や牛車などに踏まれ続けてきたのです。
 稲垣さんも、ひそかにオオバコを、「踏まれるスペシャリスト」と呼んでいます。
 葉っぱは柔らかそうに見えますが、中に丈夫な白い筋が通っていて、ちぎれにくい。
 茎は外側が硬く、中はスポンジ状です。よくしなる構造になっているそうです。
 さらに種は水にぬれると膨張して粘り気を持ち、人の靴底やタイヤにくっついて遠くに運ばれていきます。踏まれることを、しっかり計算に入れているのです。
 一般的に雑草は急激な環境の変化に備え、一年の短いサイクルで生え替わっていきます。
 雑草を、「最も進化した植物の一つ」と高く評価する研究者もいますが、うなずけます。
 翻って、われわれを取り巻く環境を考えてみましょう。
 感染症の世界的大流行によって、思うように行動できず、毎日マスクが手放せません。
 頼みの綱のワクチンも、希望者に行き渡るまでには、まだまだ時間がかかりそうです。

◆無理して立ち向かわず

 毎日、長く、暗いトンネルの中を歩いているような気分が続いていませんか。
 自殺した人の数が、去年から日本全国で増え続けています。コロナ禍が影響しているでしょう。
 変異を繰り返すウイルスの前で、人間は弱い存在です。ただ今は厳しい環境に適応し、思わぬ事態にも慌てず、静かに対応することが大切なのかもしれません。
 逆境に真っ向から立ち向かわなくていい。でも生き延びるために、少し工夫してみよう。
 弱い雑草たちの「強い生きざま」は、私たちに、そんなことを教えてくれるような気がします。

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