日本で五輪を開くと首相は退陣に追い込まれる…はジンクスか? それとも自業自得か?

2021年9月7日 06時00分
 東京五輪・パラリンピックの終了直前に退陣表明した菅義偉首相。日本で五輪が開催された年は必ず首相が退陣するジンクスに、名を連ねることになった。これで、東京、札幌、長野で開かれた4大会で首相だった4人が全員当てはまる形に。ただ、新型コロナウイルス対応とともに五輪開催が批判された今大会は、過去の3回と違う部分もある。「五輪退陣ジンクス」は単なる偶然か、それとも必然か。検証してみた。(木原育子、石井紀代美)

◆1964東京=池田氏、72札幌=佐藤氏、98長野=橋本氏、そして…

 パラリンピック閉会式から一夜明けた6日、JR東京駅丸の内口。赤を基調にしたカウントダウン時計の前は、この日も人だかりができていた。
 開会式までの日数ではなく、9月6日を意味する「6―9」という数字と時刻が表示されている。「東京に来た記念。五輪もパラも盛り上がって良かったですよね」。出張帰りの名古屋市の男性(26)がスマホを構えた。

東京駅前に設置された東京五輪のカウントダウン時計=6日、東京都千代田区で

 五輪開催を巡る首相のジンクスはまことしやかにささやかれてきた。1964年の東京大会では池田勇人氏、72年の札幌大会では佐藤栄作氏、98年の長野大会では橋本龍太郎氏が退陣に追い込まれている。

◆コロナ禍の開催「菅氏は罪重い」

 「ジンクス? へー、知らなかった」。ビル清掃の仕事帰りという男性(55)は驚いた。「でも菅首相の場合は安倍(晋三)さんが突然辞めたから、たまたまおはちが回ってきただけで、半分は偶然。残りの半分は首相自身で招いたのでは」と語る。「ワクチン確保のために一国の首相が海外の企業のトップに頭を下げた。国民のためではなく五輪のためだったのでは。情けないよ」
 建設会社の営業担当の女性(48)は「たまたまじゃない? ジンクスとまで言えるの?」と懐疑的。ただ、「コロナがどんなものか分からなかった頃ならまだしも、現在の対策は零点。前の3人と同じ土俵に並べないで」と突き放す。
 企業の給茶器メンテナンスの仕事をする金井利行さん(60)は「偶然でも何でもなく、自業自得だ」と語った。「国民の命を守ると言っておきながら、五輪を開催した罪は大きい」
 緊急事態宣言が21都道府県に拡大した8月下旬、菅首相は「明かりははっきりと見え始めている」と言い切った。「どんな明かりが見えていたんだろう。ドイツのメルケル首相のように、国民目線で語れる政治家が日本には必要だよ」

◆非難ごうごう…

 英国出身で外資系企業勤務のアーロさん(44)は、ロンドン市長時代に五輪成功に努力し、就任につなげたジョンソン首相を例に、「日本の首相もそれを狙ったのかもしれないが、国民は誰もついてきていなかった」と首をかしげた。
 キレキレのストリートダンスをしていた男性(20)は「誰が首相になっても(コロナ対策や五輪の批判を)言われていたんでしょうね。やる、やらないと国民を二分させて、窮屈な国になった。経済的にはやった方がよかっただろうから、政治家って結局カネが結びついているのかなって思う」と話した。
 高速バスに乗る途中だった茨城県日立市の田代洋平さん(77)は元社会人野球選手。「64年の東京大会は寮の1台しかないテレビで、みんなで肩を寄せ合って見たよね。政治家ももっと国民の側を向いていたよ」と話して、続けた。「今回の五輪ジンクスはただの必然。就任当初の日本学術会議の任命拒否問題の頃から国民の心は離れてた。五輪でお祭り騒ぎした後に支持率回復で選挙って本気で考えていたなら、国民を甘く見すぎだ」

◆病気、区切り、選挙大敗…五輪原因じゃなかった

 過去の五輪開催年の首相退陣を振り返ってみよう。
 まずは戦後の高度経済成長を背景に「所得倍増計画」を掲げた池田氏。1964年東京大会の閉会式翌日の10月25日に辞意を表明した。
 政治評論家の小林吉弥氏は「がんを患い、五輪期間は入院中。療養に専念するために辞めたが、自分が推進した五輪を首相として見届けたい思いがあった」と解説する。当初は閉会式の日に退陣表明するつもりだったが、側近に「同時に幕を下ろすのはやり過ぎ」と進言され、閉会式翌日になったという。
 池田氏のバトンを受けた佐藤氏も72年2月の札幌大会の後、7月に退いている。「7年8カ月の長期政権で、周囲からも『長すぎる』との声が出ていた。年明けからレームダック化が表面化。佐藤政権最大の仕事と言われた沖縄返還を5月に果たし、それを区切りにした」
 一方、98年2月に長野大会があった橋本氏。前年4月に消費税を3%から5%に引き上げて批判を浴びたのが尾を引き、7月の参院選で大敗して辞任に追い込まれた。
 3氏について小林氏は「五輪が退陣の直接的な原因ではない」と指摘する。どうやら偶然の可能性が高そう。では、菅首相の退陣も五輪とは無関係なのか。

◆スキャンダルにコロナ禍

 今回は、五輪の商業主義的な側面が注目を浴びた異例の大会だった。さらに、森喜朗前組織委会長が「女性蔑視」発言で、開会式の楽曲制作担当だった小山田圭吾氏が過去の「いじめ自慢」で辞任。開閉会式演出の統括役だった小林賢太郎氏は、ユダヤ人大量虐殺を題材にしたコントを理由に解任された。
 こうした不祥事も相次いだが、呼吸器内科医の倉持仁氏は「菅氏が過去の首相3人と決定的に違うのは、コロナという災害中の大会だったこと。徹底した感染防止対策が必要だったのに不十分だった」と語る。

自民党総裁選不出馬について、記者団の取材に応じる菅首相=3日、首相官邸で

 五輪開幕前には、政府の新型コロナ対策分科会の尾身茂会長が「今の状況で五輪をやるのは、普通はない」とまで発言。大半の国民も反対したのに、菅首相は強行した。政府や組織委はコロナ感染拡大との因果関係を認めていない。
 倉持氏は「因果関係の有無はウイルスの遺伝子追跡調査などで、後に科学的に明らかになる」とする一方、「多くの人に『五輪を開くぐらいだから大丈夫』というメッセージを送る結果となり、気の緩みをもたらした」と強調する。
 「五輪関係者と外部との接触を断つ『バブル方式』も実体が伴わなかった。医療崩壊に近い状態を招き、揚げ句の果てに『中等症は自宅療養』と人をばかにするような発言も飛び出した。五輪をきっかけに、多くの市民がその異常さに気が付き、菅氏退陣へのベースができたのでは」

◆「五輪フィーバー」も支持率にはつながらず

 昨年9月の発足当初は高かった菅内閣の支持率は、感染状況に連動して下降した。駒沢大の山崎望教授(政治理論)は「五輪フィーバーをてこに支持率を回復し、選挙に入るつもりだったようだが、当てが外れた。そもそも五輪は期日が来れば終わっても、コロナは終息しないのだから、見通しが甘かった」と語る。
 注目すべきは、共同通信が五輪とパラリンピックの閉会式に合わせて実施した世論調査。いずれも、開催されて「よかった」と答えた人が6割台に上ったが、内閣支持率はパラ終了後には30.1%に落ち込み、自民が政権を取り戻した2012年以降で最低だった。
 山崎氏は「回答者は純粋にスポーツの面白さを切り取って考えたのだろう。他方で、現政権のコロナ対応にはバツを付けた。どんなに感染状況が悪化していても、一度始めたものはストップできなかったり、国際オリンピック委員会(IOC)の商業主義に物を言えなかったりする姿勢も含めた判断では」と分析する。

 デスクメモ 近所の五輪会場は長期間フェンスに囲われ、閉鎖されていた。これから各地で、使われなかった客席などの解体工事が進むのだろう。「祭りの後」の寂しさが漂うが、国民生活に与えた影響の検証は急務だ。コロナに打ち勝つと言い続けた首相が去っても、重荷は消えない。 (本)


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