「9.11」から20年 変容する世界

2021年9月7日 07時22分
 米中枢同時テロから二十年。崩壊したニューヨークのビル跡地には、新しい超高層ビルが建ち、首謀者も殺害されたが、「9・11」で露呈した世界の裂け目はいっこうにふさがらない。テロリズムに走る集団に対して、武力行使以上に有効な手段は、果たして何なのだろうか。

<米中枢同時テロ> 2001年9月11日、米国で旅客機4機が乗っ取られ、ニューヨークの世界貿易センタービルなどが標的となった大規模テロ。2機が激突した同ビルは崩壊。3機目は首都ワシントン近郊の国防総省に激突。4機目はペンシルベニア州ピッツバーグ郊外に墜落した。死者は3000人超。首謀者の国際テロ組織アルカイダ指導者ウサマ・ビンラディンは11年5月、パキスタンで米軍に殺害された。

◆日本は多極的外交を 政治学者・姜尚中さん

 米中枢同時テロから始まったアフガニスタン戦争は、米国の中東政策の失敗という形で終わりました。日本も含めた西側諸国が全面的に支援してきたアフガン政府の実態は、張りぼてのかいらい政権でした。
 差し当たって懸念されるのは難民の問題です。ベトナム戦争の後、米国は積極的に難民や亡命者を受け入れましたが、今の米国にその余力はありません。パキスタンなど周辺諸国への混乱の拡散が憂慮されます。
 タリバン政権ができた場合、再び女性や子どもを抑圧するのではないかとの警戒感が広がっています。しかし、タリバンは土着の勢力で、グローバル化が生み出した鬼子であるアルカイダや「イスラム国」(IS)とは違うと私は考えています。
 問題は、イスラム過激主義の国際テロ組織とタリバンが、どのような関係を結ぶかということです。そういう組織との関係を断ち切る方向へタリバンが向かうよう、国際社会が誘導しなければいけません。その際、米国をはじめとする西側諸国だけではなく、中国をも巻き込む必要があります。
 タリバンが国際テロ組織とつながれば、中国にとってもマイナスです。米中対立をアフガンに持ち込むと、テロ組織を利することになります。国連を通して対応すべきだし、それは可能だと思います。
 二十年前、あのテロはなぜ起きたのか。背景には、駒を動かすような米国の中東政策があります。ウサマ・ビンラディンは一時期、米国のエージェントのように動いていました。イラク元大統領のサダム・フセインも同じです。彼らが独自に動きだし、フセインはクウェートに侵攻し、ビンラディンは米国を襲いました。
 あのとき米国は、国際的な警察組織を使うべきでした。実際には、タリバン政権に対する超法規的な軍事力行使に踏み切りました。長い目で見ると、他国への介入は良い結果を生みません。大切なのは人道支援です。アフガンで活動したペシャワール会の中村哲さんが、私たちにそう教えてくれています。
 日本は今後、多極的な外交をすべきです。米国の後で事後処理をするのではなく、複眼的な外交が必要です。日本は、イスラム諸国とさまざまな関係を持っています。これを生かせば、できることはあるはずです。 (聞き手・越智俊至)

<カン・サンジュン> 1950年、熊本県生まれ。東京大名誉教授。『悩む力』『母の教え』『生きるコツ』など著書多数。近著に内田樹氏との対談をまとめた『新世界秩序と日本の未来』。

◆段階なき侵攻で混乱 元首相秘書官・小野次郎さん

 米中枢同時テロから二週間後に小泉純一郎首相が訪米する際、秘書官だった私は、ブッシュ大統領に聞いていただきたいと申し上げたことがありました。「テロを防げなかった米当局が事件発生直後に、どうしてアルカイダのビンラディンを首謀者と断定できたのか、そのエビデンスを示してほしい」ということです。小泉氏は「犯罪捜査とは違い、いろいろな情報を総合して判断するのだろう」と言われました。訪米後も、そのエビデンスは提供されないままでした。
 テロ直後、国内でも厳重な警備がしかれました。第一線の警察なども「ビンラディン」とか「アルカイダ」とか犯人捜しをする中で、トップの首相が「エビデンスは分からない」では心寒く、私は不安でした。
 日本なら、あのようなテロは事件として捜査から入り、次第に外国の政権や国家の関与を疑う手法を取ります。米国は、アルカイダと連携するアフガニスタンのタリバン政権を「敵」と見なして、いきなり空爆し、侵攻へと突き進みました。その後のイラク戦争の時も同じです。戦争の「大義」だったはずの大量破壊兵器は、ついにイラク国内で見つかりませんでした。
 テロは許されませんが、言うことを聞かない国があれば戦争に踏み切り、政権も国土も跡形もなくたたきつぶす手法は疑問です。「9・11」後の米国は犯罪と戦争の境目をなくしました。エビデンスも手続きも踏まない「戦争」だから、アフガンやイラクは米国を恨み、時間がたっても混乱したままなのです。
 国際紛争の中で仲介役を務めたり、武力に頼ろうとする米国をいさめたりできるのは、平和憲法を持つ日本です。小泉政権は、イラク戦争後の復興支援のため、イラク南部のサマワに陸上自衛隊を派遣しましたが、小泉氏は「一発も銃を撃ったり、撃たれたりすることもなく、帰ってくることが派遣の目的だ」と私に言っていました。日本の武力行使に対して、しっかりとしたブレーキがありました。
 一方、安倍政権は集団的自衛権の行使を容認し、菅政権も「強固な日米同盟」を掲げます。長い自民党政権の中でも異様なほど「米国大好き」路線です。今後、米国がどこかで武力行使に入れば、付き合わされかねません。新型コロナ対応と同様、米国と適切な「ソーシャルディスタンス」を保つことが重要です。 (聞き手・関口克己)

<おの・じろう> 1953年、東京都生まれ。東京大法学部卒。鹿児島県警本部長など歴任。小泉内閣で首相秘書官(危機管理担当)。衆参両院議員を経て、現在は日本企業危機管理協会会長。

◆安全保障と軍事化へ 千葉大教授・酒井啓子さん 

 映画「シン・ゴジラ」は、海洋に不法投棄された放射性廃棄物によって太古の生物が怪獣になったという設定でした。「9・11」は冷戦の「ごみ」によって、ある意味のシン・ゴジラ化が起きたと言えると思います。
 事件を起こしたアルカイダの指導者ビンラディンは、ソ連のアフガニスタン侵攻に対抗するために米国が養成した兵士の一人。米国はあちこちで同じことをしていました。ところが、冷戦終結後、米国は彼らを回収することなくほったらかしにした。その間に彼らは肥大化して最強の怪獣となり米国を襲撃したというわけです。
 「9・11」の衝撃は米国にとどまりませんでした。今や「それ以前」の世界がどうだったかを思い起こすのが難しいほど、世界を一変させました。
 一番大きく変わったのは戦争の形態です。戦争は国家と国家の争いだったはずですが、「9・11」では世界一強の米国が非国家主体のテロ組織と直接対峙(たいじ)しました。ある意味、テロ組織を国家に格上げしてやったのです。テロ組織にすれば、ここまでやれば単なる犯罪者ではなく、米国に「敵(国)」として相手にしてもらえるということです。結果、米国にチャレンジする勢力を次々と生んでしまった。
 それは「テロ」という言葉と現象を世界中にまん延、浸透させました。各国は「一個人でも侮れない」としてハリネズミのようにセキュリティーを最大化。かつてなら「犯罪者」「不法労働者」と呼ばれた人たちも、ひとくくりで「テロリスト(予備軍)」ということになる。彼らは彼らで武力への依存を強めていきました。こうして世界は「安全保障化」と「軍事化」のベクトルにあります。
 今後、世界はどうなっていくのか。もはや米国は国際社会で責任を取ることに消極的になってしまいました。タリバンの復権は象徴的です。このままでは各地で米国、中国、ロシアなどの覇権抗争が繰り広げられ、軍備競争が激化して「万人の万人に対する闘争」というホッブズの「リバイアサン」的な状況に陥りかねません。
 もはや大国に期待しても仕方がないと私は思います。中東でも個人で国家に物言う人が出てきた。夢物語かもしれませんが、国家の枠組みによらずに人々の生命と生活を守る国際システムを改めて追求するしかありません。 (聞き手・大森雅弥)

<さかい・けいこ> 1959年生まれ。千葉大グローバル関係融合研究センター長。著書に『9.11後の現代史』『イラクとアメリカ』など。『グローバル関係学』(全7巻、岩波書店)を監修。


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