道を突き詰めてきた日本…異質受け入れ視野広げて<サッカーのある景色㊤多様性>

2021年9月8日 06時00分
1月にオンライン開催された、英国と日本のサッカーのつながりなどが紹介された日本協会のフットボールカンファレンス

1月にオンライン開催された、英国と日本のサッカーのつながりなどが紹介された日本協会のフットボールカンファレンス

 日本代表がワールドカップ(W杯)に初出場した1998年フランス大会。長年、伝統の自動車耐久レース「ルマン24時間」のツアー手配を旅行代理業として手掛けていた古賀和仁さん(76)は、日本戦の手配旅行も担った。同じころ、大手を含む日本の旅行会社は手配分のチケットが購入者に渡らず、大騒動になっていた。
 入念な交渉で信頼できる相手から確保した古賀さんに対し、他社はツアー断念の事態に。「日本はスポーツをどうとして純粋化してきたが、海外は歴史の中で賭け事の対象になってきた」。国際交渉で起きた騒動は日本人の経験不足もあったとし、「アプローチをしっかりやらないと、ブローカーに日本が餌食になってしまう」と教訓を語る。
 サッカーは良くも悪くも大きな影響力を持ち、排他的な行動や特定の人種への差別的な発言が時にサッカー界からも表面化し、大きなニュースになってきた。世界で人気競技とされるサッカーは一体、誰のものなのか。
 近代サッカーが日本に伝わったのは明治期、寄港した英海軍からと言われる。やがて各地で親しまれる試合風景を見た英国関係者を通じ、大正期の19年、発祥の地イングランドのサッカー協会から銀製カップが届き、21年9月、統括団体として大日本蹴球協会が設立された。
 14世紀ごろの英国では、何十人もの市民がボールを抱えたり、蹴ったりした。貴族のものだったオリンピックに対しプロ化も早く、18世紀後半の英国の産業革命以降、クラブチームが増え、ルールも統一。賃金を手にした市民らが賭け事にも興じながら労働者階級のものになったと言われる。
 諸外国のスポーツ政策を研究する帝京大経済学部の大山高准教授は、「例えばドイツのルール工業地帯に行けば、サッカーはまさに大衆的なもの」。巨大なカネが動く欧州サッカーは格差も生むが、「みんなが遊び感覚で楽しめる環境があり、大衆的なサッカーのある国というものを維持している。場所も、する人も、見る人も」。いろいろな関わり方を実感する。
 日本代表がW杯の常連となり、国内の競技登録数は昨年度で約82万人。サッカー選手は、なりたい職業でも上位だ。ただ、プロになれるのは一握り。スポーツにおいて、とかくメダル総数や生存競争の結果に一喜一憂する日本は、「その勝利に本当に意味があるのか」が見えなくなる危惧があるという。「観戦者のリテラシー(適切に理解する能力)」との表現で「どう楽しむか。見ることって、すごく大事なことだと思う」と語る。
 東京五輪の7人制ラグビーにも今後のヒントを見たという。大山准教授によると、躍進した新興国のチームには別のスポーツを経験してきた選手もいて、海外メディアが強化のヒントを探っていた。日本は突き詰めることが美徳とされるが、いろいろな視野で得た経験は他競技に生かせるとの考え方で、こう指摘する。「同じ仲間だけで集まってしまうと、本質的なことが見抜けなくなる。自分と違う人を受け入れていくことが大事ではないか」

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 日本サッカー協会は10日で創立100年を迎える。サッカーのある景色から未来を探った。

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