<わけあり記者がいく>東京パラの陰で障害者訴え棄却 「多様性」こそ未来の種

2021年9月9日 10時16分
 先月三十日の午前十一時すぎ。「わけあり記者」こと私、三浦耕喜(51)は、愛知県内の総合病院の待合室にいた。大阪高裁で間もなく下される判決の一報を、携帯電話を片手に待っていた。
 早朝に飲んだパーキンソン薬の効果は薄れつつあった。筋肉の動きが鈍り、このままでは、ろれつの回らない口調で話すことになる。それでは診察も、電話のやりとりもままならない。脳内の神経伝達物質を補うメインの錠剤は、私の場合、一日に六錠まで。その四錠目を口に入れた。
 その裁判とは「代筆投票訴訟」の控訴審。先天性脳性まひのある大阪府豊中市の男性(49)が二〇一七年に提訴し、障害者支援の在り方を問題提起した。

東京パラリンピック女子マラソン(視覚障害T12)で優勝した道下美里選手(左)と伴走者の志田淳さん=東京都内で

 判決は折しも、障害者スポーツの祭典、東京パラリンピック開催中。手のない選手、脚でも、ひざ下がない選手、付け根からない選手等、さまざまだ。変な言い方だが、その障害のバラエティーの豊かさに、私は神々しい美しささえ感じていた。
 だが、判決の一報に、ずっこけた。男性が再び敗訴。「ハンディを負う者は、体の動かし方だけでなく、意思の表し方も千差万別。それが理解できるのは家族であったり、長年世話になったヘルパーであることが多い。そういう技量を選管職員は持っているのか」。その訴えは届かず、「公務員だから信用できる」という一審判決を踏襲する判断が示されただけだった。
 自筆ができなくなるのは、障害者に限った話ではない。高齢者も当事者となりうる。加えて、現行法では代筆を頼む場合、投票先を代筆者に伝えることになる。つまり、選管職員に投票先を打ち明けねばならない。これは憲法一五条が保障する「投票の秘密」を侵害するものではないか。
 裁判官はちゃんと世間で何が起きているか、ご存じなのだろうか。私もこの病の赴くところ、現行制度のままでは、投票不可能になる可能性が決して低くない。なので、このまま判決が確定すると、相当困る。原告の男性は上告した。最高裁の判断に注目したい。
 十三日間の熱戦に幕を閉じた東京パラリンピック。選手一人一人の事情をくみ取り、その人に合ったやり方を健常者も一緒になって模索する。そんな共生のあるべき姿の一端を教えてくれた。
 一例を挙げれば、障害者ランナーと伴走者のコンビだ。「代筆投票訴訟」原告側弁護団の大川一夫弁護士は言う。「判決は『伴走者は公務員とする』と決め、息の合ったコンビを引き離すようなものだ」
 日本パラリンピック委員会は公式ホームページで、障害者スポーツの意義の一つをこう記す。「多様性を認め、創意工夫をすれば、誰もが同じスタートラインに立てると気づかせる」
 「多様性」こそ未来の種だ。これを重んじる国家は、他の政策でもその人個人に合った環境を用意し、自立と納税を促し、栄える。逆に多様性を軽視する国家は「法令に合わない」「前例がない」との態度のまま国富を損ない、没落していくであろう。
 日本はどちらを選ぶか。レガシーの真価が問われる。
<代筆投票訴訟> 障害者らが選挙で投票する際の補助者を「投票所の事務に従事する者」に限定する公選法の規定は、投票の秘密が守られず憲法に違反するとして、脳性まひのある男性が、ヘルパーらによる投票や損害賠償を国に求めて提訴。昨年2月の一審大阪地裁判決は「補助者は公務員のため守秘義務があり、政治的中立は確保される」などとして請求を棄却し、男性が控訴した。
<みうら・こうき> 1970年、岐阜県生まれ。92年、中日新聞社入社。政治部、ベルリン特派員などを経て現在、編集委員。42歳のとき過労で休職し、その後、両親が要介護に。自らもパーキンソン病を発病した。事情を抱えながら働く「わけあり人材」を自称。

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