<中村雅之 和菓子の芸心>「つりがねまんじゅう」(和歌山県日高川町・雲水) 忘れられた「道成寺」

2021年9月10日 07時22分

イラスト・中村鎭

 能や歌舞伎で知られる「道成寺」と言えば鐘。紀州道成寺の周辺には、名物の「つりがねまんじゅう」を商う店が幾つもある。いわゆる人形焼きで、文字通り、釣鐘(つりがね)の形をしている。
 その中で、道成寺の門前町にある「雲水」を取り上げたのは、申し訳ないが、その住所に着目してのことだ。
 「日高川町鐘巻(かねまき)」
 能の「道成寺」には、原曲となった古い曲がある。それが「鐘巻」だ。室町時代後期の能役者で、世阿弥の作風とは違う、躍動的な曲を数多く残した観世信光の作と見られている。
 しかし、江戸時代になると改変された「道成寺」に取って代わられ、忘れ去られた。平成に入り、観世流の浅見真州(まさくに)のシテで復曲され、その後、何度か演じられている。
 筋に「道成寺」と大きな違いはないが、白拍子の舞の中で、道成寺建立の縁起が語られることや「道成寺」のように鬼女が激しい思いを抱えたまま日高川に身を投げるのではなく、僧の祈りによって「執心は消えてぞ失(う)せにける」の謡で静かに終わるという点などが違う。「道成寺」では、見せ場となっている緊張感溢(あふ)れる「乱拍子」はなかった、とされる。
 地名だけで店を選んだのだが、当たりだった。しっとりとした皮の中に、たっぷりと濾(こ)し餡(あん)が詰まっていた。白黒の2種類の餡があるのも、また嬉(うれ)しい。季節によっては、栗餡、桜餡、いちご餡などもある。
 「道成寺」は、満開の桜で埋め尽くされた境内で繰り広げられる物語。ここは、やはり桜餡を食べてみたい。 (横浜能楽堂芸術監督)
<雲水> 和歌山県日高川町鐘巻1745の1。(電)0738・22・2963。10個入り1200円。

山形県鶴岡市の「黒川能」で演じられている「鐘巻」

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