一時は大使館が受け取り拒絶も…「第五福竜丸」久保山愛吉さん家族を描いた絵本、アメリカ議会図書館に収蔵

2021年9月10日 17時00分
 米国が太平洋ビキニ環礁で1954年に行った水爆実験で被ばくしたマグロ漁船「第五福竜丸」(静岡県焼津市)の元乗組員家族を描いた絵本「ばらの祈り 死の灰を越えて」が、米議会図書館に収蔵された。3年前、仲間2人と出版した同県島田市の元英語教員、粕谷かすやたか子さん(72)は「米国にビキニ被ばくのことを知ってもらいたいと思って作った本。感無量です」と喜ぶ。 (大橋貴史、写真も)

 ビキニ事件 1954年3月、太平洋マーシャル諸島ビキニ環礁で、操業していた静岡県焼津市の遠洋マグロ漁船第五福竜丸が、米国の水爆実験に遭遇。乗組員23人が被ばくし、無線長の久保山愛吉さんが放射能症による肝臓障害で死亡した。事件を機に核廃絶の世論が高まる一方、乗組員の関係者の多くが差別に苦しんだ。存命は2人。

 絵本は、被ばくの半年後に「原水爆の犠牲者は、わたしを最後にしてほしい」の言葉を残して40歳で亡くなった無線長・久保山愛吉さんの生涯を妻すずさんの視点で描く。高熱や黄疸おうだんに苦しんで亡くなった夫を思う気持ちがにじむ。絵や文章は仲間が担当し、粕谷さんは英訳を担当した。
 収蔵されるまでには紆余うよ曲折があった。知人の勧めで2020年11月、東京・赤坂の米大使館宛てに絵本2冊と依頼文を郵送した。翌年2月には封筒に「受取拒絶」の紙が張られ、自宅に戻ってきた。理由が分からず大使館に電話をかけても取り合ってもらえなかった。トランプ政権からバイデン政権に交代したばかりで「大使館も忙しいかもしれない」と思い直した。
 5月。大使館から手紙が届いた。丁寧な日本語で「絵本と手紙が手元に届かず失礼した。本国に意向を確認する」と書かれていた。

絵本を手にする粕谷たか子さん。バラは、久保山愛吉さんが生前、自宅の庭に植えたものを分けてもらった=静岡県島田市で

 粕谷さんは返信に、交流のあった元乗組員・大石又七さんが今年3月に87歳で亡くなり、「語り部」をしてきた乗組員がいなくなったこと、大石さんが生前に「米国では広島、長崎は有名だがビキニ被ばくは全く知られていない」と残念がったことも記した。
 8月、米大使館名で、お礼と米議会図書館が受理したことを伝えるメールが届いた。「この素晴らしい本を手に取るアメリカの読者にも、平和への祈りのメッセージが届くことでしょう」とも書かれていた。米大使館は取材に「粕谷さんの本は(議会図書館の)日本の参考図書に、注目すべき豊かな多様性をもたらすでしょう」とコメントした。
 生前、久保山さんはバラを愛し庭に植えた。粕谷さんの庭では今年も、分けてもらったバラが花を咲かせている。バラを絵本名に採ったのは、そのためだ。
 9月12日にはすずさんの、23日には愛吉さんの命日が来る。「アメリカの歴史として今後も残っていくから安心してね」。2人の墓前で絵本の収蔵を、こう報告するつもりだ。

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