<視点>ミャンマー代表サッカー選手への難民認定は早かったが…分け隔てない人道的配慮を 社会部・北川成史

2021年9月10日 12時11分

北川成史記者

 8月20日、サッカーのワールドカップ予選でミャンマー代表として来日後、帰国拒否したピエ・リヤン・アウン選手(25)が難民に認定された。その夜、大阪市内で激励の集まりが開かれた。応援や慰労の言葉に選手はミャンマー式のお礼を申し出た。
 難民申請を支えた在日ミャンマー人や空野そらの佳弘弁護士、練習生として受け入れたJリーグ3部のYSCC横浜の関係者ら6人が椅子に座った。その前で正座し、床に接するほど深く、2、3度頭を下げた後、両手を合わせて話し始めた。「親戚でもないのに、やさしい気持ちで助けてくれて、とても感謝しています」
 5月下旬、90日間の「短期滞在」の在留資格で来日し、日本戦で母国の軍事クーデターへの抗議を表す3本指を掲げた。「国軍に狙われる」と心配した在日ミャンマー人らは、ひそかにスマートフォンを差し入れて残留を促し、空港で帰国を拒む方法を助言。住居も提供した。
 YSCC横浜は7月、練習生として迎えた。同クラブは国際交流を重視し、8つの国・地域にルーツを持つ選手らが所属する。吉野次郎代表は「6月に帰国拒否のニュースを見た瞬間、縁を感じた。ボールを蹴る機会を閉ざされた青年がいるなら、環境を提供したい」と思いを込める。

難民認定証明書を手にするピエ・リヤン・アウンさん。左は空野佳弘弁護士=8月20日

 通常、難民申請から認定まで数年かかる中、2カ月弱で結論が出た。空野弁護士は国軍による弾圧が報じられる状況下、国際試合という目立つ場で国軍を批判したことで、入管が迫害の恐れを容易に判断できたと推し量る。
 2月のクーデター以降、弾圧はやまず、現地の人権団体によると、4日までに1044人が死亡している。選手のサッカーの後輩も殺された。
 難民認定後、選手は「自分の行動などちっぽけだ」と繰り返した。平和になれば、帰国して親や兄弟に会える。だが、命を失った人に家族と会う機会はないからだという。
 3本指を立て、残留を決断するまで、葛藤の連続だった。だが、その難民認定に対して、ネット上で一部、反発するコメントが見られた。
 「税金を払っていないのに」「入国時は別の在留目的だった」。厄介者のような言いぶりだが、非難する人はミャンマー国民の苦境を救うため、どんな支援をしているのか。人権や民主主義を尊重する立場なら、庇護ひごの求めに手を差し伸べるのは当然だろう。
 今回は異例のスピード決定だったが、日本の難民認定数は昨年47人で、年間数万人規模に上る欧米の国々と比べ、少ないのに変わりない。
 クーデター後、日本は滞在期限の延長を望むミャンマー人に、6カ月か1年の「特定活動」の在留資格を与える緊急措置を始めた。ただ、不法滞在の人は一律の対象ではなく、送還の不安を抱える。
 ミャンマー国軍の強硬姿勢は変わらず危険な情勢が続く。分け隔てない人道的な配慮が求められる。

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