自衛隊任務、拡大の一途 9・11から20年 変わる日本の安保政策

2021年9月11日 06時00分
 2001年の米中枢同時テロから20年。この大事件は、日本の安全保障政策の大きな転換点になった。憲法9条の下、政府が抑制的に運用していた自衛隊の活動範囲は海外に拡大。名目は米国主導の「テロとの戦い」の支援から、今では「激変する安全保障環境への対処」に変質した。安全保障関連法の制定によって日米の軍事的一体化は進み、自衛隊の任務の内容はなし崩しに広がっている。(上野実輝彦)

◆相次ぐ特措法で海自、陸自を派遣

 「自衛隊はわが国の強みを生かしたさまざまな国際貢献を進め、高い評価を得てきた」。岸信夫防衛相は10日の記者会見で、自衛隊活動の意義を強調した。
 同時テロ以降、米国は中東への派兵を繰り返し、同盟国や同志国に協力を要請。日本政府は01年にテロ対策特別措置法を制定し、海上自衛隊がインド洋で米艦艇などへの給油を実施した。海外の戦争に初めて参加した活動だ。
 03年のイラク戦争では、米側から「ブーツ・オン・ザ・グラウンド(地上部隊派遣を)」と迫られ、復興支援のための特措法を成立させ、イラク本土への陸自派遣に踏み切った。

◆「小切手外交」のトラウマ

 自衛隊の活動が拡大した背景には、1991年の湾岸戦争の経験がある。巨額の資金を提供しながら自衛隊を派遣せず「小切手外交」と批判を受けたのだ。インド洋とイラクへの派遣は、今に通じる安保政策の起点になった。
 当時、小泉純一郎首相の秘書官だった小野次郎元参院議員は「対外的には日米関係重視を強調したが、海外の戦闘が行われている地域への派遣は念頭になかった」と振り返る。小野氏によると、小泉氏はイラク派遣を協議した場で「一発の銃弾も撃たず、撃たれずに帰ってくることが最も重要だ」と慎重な検討を指示。戦闘に巻き込まれる恐れが指摘された中で、活動を最も安全と判断したサマワでの民生協力に決めた。

◆揺らぐ9条の歯止め

 一定の歯止めは、第2次安倍政権が15年に成立させた安保法で大きく揺らいだ。憲法解釈を変更し、歴代政権が禁じていた他国を武力で守る集団的自衛権の行使を認めたためだ。時限の特措法ではない恒久法として、いつでも使える政府の手札にもなっている。
 例えば、テロ対策特措法は安保法を構成する「国際平和支援法」に姿を変え、国会手続きを経ずに他国軍を後方支援できる。有事の活動範囲を日本周辺に限定していた従来法は「重要影響事態法」となり、対象地域は全世界に広がった。
 安倍晋三前首相は在職時に「一国だけで自国の安全を守ることはできない時代」と主張。平時に米軍などを守る新たな任務「武器等防護」の件数は年々増え、17年の2件から20年は25件となり、日米の一体化は進む。安倍氏の路線は菅政権に引き継がれ、政府は近く防護の対象をオーストラリア軍にも拡大する方針だ。
 今のところ、安保法に基づく自衛隊の海外派遣の実施例はないが、戦地や紛争地に近づけば、直接の戦闘に加わらなくても隊員の命が危険にさらされる可能性は付きまとう。不調に終わったアフガニスタンの退避活動を受けた自民党内の任務拡大論や、米中対立という懸念材料もある。防衛省幹部の一人は漏らした。
 「自衛隊に犠牲者が出るまで任務拡大を求められるような雰囲気は正直、恐ろしい」

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