ナラティブ経済学 経済予測の全く新しい考え方 ロバート・J・シラー著

2021年9月12日 07時00分

◆「物語」の感染力を定量化
[評]根井雅弘(京都大教授)

 「ナラティブ経済学」という言葉は、まだ一般に浸透しているとはいえないが、その提唱者の一人が「資産価格の実証分析」に関する業績でノーベル経済学賞を受賞した、本書の著者だといえば、いま注目されている分野だということをある程度うかがうことができるだろう。
 ナラティブ経済学は、第一に人々が「物語」という形でアイデアを伝承し、第二に人々が「感染性のある」(「ヴァイラル」という言葉が使われる)物語を生み出し、その感染性を高めるために努力することに注目する。例えば、ビットコインは、権威当局を無力化する暗号通貨であり、金融兵器として機能するものだというナラティブ(物語)があった。これが事実かどうかは別にして、このナラティブが感染性をもち、その価値を乱高下させるだけの影響力をもったことは確かだ。
 一九八〇年代のレーガン政権時代にもてはやされた「ラッファー曲線」も、高所得者の大減税を正当化するためによく利用されたが、もともとはアーサー・ラッファーが七四年にレストランのテーブルにあったナプキンに描いたものだったといわれた(本人は否定しているらしい)。だが、それは当時の保守主義の復活に弾みをつけるような感染性のあるナラティブだった。
 不動産の価格は決して下落しないというナラティブも、アメリカ史において何度も登場し、不動産バブルとその後の崩壊のエピソードを作ってきた。私たちは、いまでは、不動産の価値が自分と他の人々との比較によって左右される例を幾(いく)らでも挙げることができる。
 もちろん、ナラティブ経済学は、感染性のある物語の影響を指摘するだけではなく、今日では、ナラティブの追跡と定量化の面での改善を図る方向へ進んでいる。著者は、心理学、神経科学、人工知能など使えるものはすべて動員して、ナラティブ経済学が単なるキャッチフレーズにとどまることのないような努力がなされつつあることを紹介している。興味があればすぐに読みこなせる話題書だ。
(山形浩生訳、東洋経済新報社・3080円)
イェール大教授。2013年、「資産価格の実証分析」を評価されノーベル経済学賞受賞。

◆もう1冊 

ジョージ・A・アカロフ、ロバート・J・シラー著『アニマルスピリット』(東洋経済新報社)。山形浩生訳。

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