硝子の塔の殺人 知念実希人(ちねん・みきと)著

2021年9月12日 07時00分

◆犯人視点で本格ミステリ
[評]細谷正充(文芸評論家)

 ミステリのジャンルのひとつに“本格”がある。厳密な定義は難しいのだが、ここでは謎解きやトリックの面白さに特化した作品としておこう。そうした本格ミステリの、最新の成果が本書なのだ。
 大富豪にして有名な科学者、そして世界的なミステリコレクターである神津島太郎は、円錐(えんすい)形の硝子の塔のような館で暮らしている。その館に、名探偵、ミステリ作家、月刊誌の編集長、霊能力者など、一癖も二癖もあるゲストが招待された。どうやら神津島は、ミステリの歴史を根本から覆す未公開原稿を発表するらしい。だが神津島は、ある理由から専属医の一条遊馬に殺されてしまう。雪崩により孤立した館で、名探偵の碧月夜(あおいつきよ)の追及をかわそうとする遊馬。しかし、彼とは無関係の第二、第三の殺人事件が起こり、事態は混迷するのだった。
 孤立した奇妙な館。連続密室殺人事件。ダイイングメッセージ。エキセントリックな名探偵。暗号。読者への挑戦状……。本書には、本格ミステリならではのネタが、これでもかと詰め込まれている。先達の作品への言及も多く、本格ミステリのファンならば、楽しく読むことができるだろう。なかでも、一九八〇年代後半からの新本格ムーブメントの原点になった綾辻行人(ゆきと)の『十角館の殺人』の扱いには驚いた。
 しかもストーリーが凝っている。物語は、第一の殺人の犯人である遊馬の視点で進むのだ。彼は月夜の助手(ワトソン役)になり、第二、第三の殺人の犯人に、自身の殺人もなすりつけようと考えている。これにより異様なサスペンスが生まれているのである。
 そして事件の真相だが、ビックリ仰天とはこのことか。詳しく書けないが、これほど驚いたのは久しぶりである。本書は、本格ミステリを愛する作者が、ジャンルに捧(ささ)げた大いなるオマージュといっていい。だから、本格ミステリについて、名探偵という存在について、深く考えずにはいられない。本書を読んだミステリのファンと、半日くらい内容に関して話し合いたいものである。
(実業之日本社・1980円)
1978年生まれ。作家・医師。著書『レゾンデートル』『崩れる脳を抱きしめて』など。

◆もう1冊 

綾辻行人著『十角館の殺人』(講談社)。新本格ミステリの原点となった名作。

関連キーワード

PR情報