ボールと日本人 する、みる、つくる ボールゲーム大国ニッポン 谷釜尋徳著

2021年9月12日 07時00分

◆貴族も庶民も「鞠」に魅せられ
[評]陣野俊史(文芸評論家)

 世界のどこに行っても、たとえばお年寄りが日向(ひなた)ぼっこしている公園では、その地域に固有のボールゲームをやっている。ボールは鉄球のこともあれば、不思議な色に塗り分けられていることもある。ゲームの規則などまったくわからないが、人々の嬉(うれ)しそうな顔を見ているだけでこっちも楽しくなる。ボールゲームとは、その地方の歴史を刻みつつ、人々の日常のなかにあるものなのだ。
 本書は日本人がボールゲームをいかに愛し、楽しんできたかを通史として書いたものだ。古代貴族の蹴鞠(けまり)、打毬(だきゅう)の時代からスタートし、絵巻に描かれた毬杖(ぎっちょう)(ホッケーのようなものか)を眺め、ボール職人が登場する(蹴鞠のボールの中には麦を詰めて膨らませ、あとで抜くのだそうだ、初めて知った)。中世になり武士の時代になっても蹴鞠は洗練されこそすれ衰微することはなかった。江戸時代、徳川吉宗が担ったスポーツ政策のあれこれ(打毬をニュースポーツとして蘇(よみがえ)らせる、など)、それが庶民化する。明治に入ると、私たちの知っている、西洋由来の近代スポーツの歴史に近づくが、著者はあえてバレーボールやバスケットボールで使われるボールに即して議論を組み立てる。
 この種の通史には、豊富な資料に裏打ちされた学識と、一般の読者を飽きさせない魅力的な文章が不可欠だろう。蹴鞠のフィールドに植えられた木に関する、次のような文章が本書を支える。「プレー中、木に懸ったボールが枝を飛び越えて向う側に落ちる、枝の低い方にゆっくり流れる、枝に伝わって転がる、勢いよく走る、垂直に当たって跳ね上がる、軟らかい枝にもたれかかってゆっくり落ちるなど、バラエティに富んだボールの落下コースを作る」よう、植木が計算されていた、というのだ。
 著者の文章もまた、この植木のようにバラエティに富んだ工夫がされている。そこが本書の魅力。エピソードもたっぷり。蹴鞠が大好きだった後鳥羽上皇が、月に十六日も試合をやっていたなんて! 蹴鞠に家元制があったなんて! 胸が熱くなる一書。
(晃洋書房・2200円)
1980年生まれ。東洋大教授。スポーツ史。著書『歩く江戸の旅人たち』など。

◆もう1冊 

谷釜尋徳著『江戸のスポーツ歴史事典』(柏書房)

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