奇想のおとぎ話 『幻燈(げんとう)記 ソコ湖黒塚洋菓子店』 クリエイティブ・ディレクター 榎本了壱さん(74)

2021年9月12日 07時00分

坂口真理子撮影 

 年少の時から、絵を描いたり童話や詩を書いたりしていた。結局将来を考えた時に、二科展に入選していたこともあって、美術大学でデザインを学ぶことを選んだ。それでほぼ自分の人生が決まったかというと、そうでもない。高校生で同人誌の謄写版ガリ切り編集、大学在学中から粟津潔や寺山修司の編集デザインの手伝い。二十七歳で萩原朔美(さくみ)と『月刊ビックリハウス』を創刊した。
 それから出版編集、アートコンペティション、文化イベントや博覧会のプロデュース、あるいは大学教授など、無節操にも無茶(むちゃ)ぶりな仕事をしてきた。そして気がつけば、文芸も、アートも、イベントもすっかり裏方の黒子になっていた。もちろんデザインの仕事は続けていたけれど。
 しかし心の奥底で「自分はクリエイターになろうとしていたのではないか」という煩悶(はんもん)があった。プロデューサーやディレクターも、立派なクリエイターではあるけれど、これは明らかに自分に向かった仕事ではない。社会や組織と対応するワークである。成功すれば反応も大きいし、それなりの報酬も手に入れることも出来(でき)た。しかしこうした経験は、人をいい気にこそすれ、自分の中心が空洞化してしまうような、空虚さも感じていた。
 一つのきっかけは「書」を始めたことだ。二〇一三年から澁澤龍彦の『高丘親王航海記』を全文書写した。
 澁澤龍子夫人にお見せして、それから大きな絵も描き出した。ギンザ・グラフィック・ギャラリーで個展をしたら、なんと横尾忠則さんに絵を褒められた。
 やっぱり自分と向かい合わなくてはいけない。俳句の同人誌『かいぶつ句集』に書いていた掌編は、すでに二冊の本になっていた。三冊目が『幻燈記 ソコ湖黒塚洋菓子店』である。
 今私は文芸の世界の熱心な読者ではない。そこには日常の繊細な記述が満載ではあるけれど、私はそういうものに強い興味がない。文芸の本道など分からないが、曖昧で不確定な想念のようなものにひかれている。あるいはこうした欲求は今や時代遅れなのかもしれないが、寓意(ぐうい)で織りなす自分のためのおとぎ話、私自身を満たすための奇想、異界、迷宮の想像世界に潜入することに、熱中している。 =寄稿
 而立書房・一七六〇円。

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