33年ぶり二刀流の偉業成し遂げた土田和歌子 トライアスロンとマラソンで出場、万感8度目パラに「感謝」

2021年9月12日 06時00分

陸上のマラソンでゴールした土田和歌子選手=9月5日、国立競技場で

 46歳の鉄人が「二刀流」の挑戦を終えた。東京パラリンピックで土田和歌子選手(八千代工業)は、20年以上取り組んできた車いすマラソンに加え、トライアスロンに初出場した。「パラスポーツを盛り上げる意味でも可能性を伝えられた」。夏冬合わせ日本選手最多となる8度目の舞台。メダルには届かずも、万感の思いがこみ上げた。

◆悔しさより

 大会最終日の5日朝。雨の中、国立競技場(東京都新宿区)発着のマラソンに臨んだ。トップ集団に40キロ付近まで食らいつくも、上り坂で離される。両手を胸の前に出し、拝むようなしぐさでゴールした。4位。悔しさよりも、走れる喜びが勝った。「フィニッシュできたことに感謝。多くの力を借りてここにいると感じられた」
 その1週間前には、お台場海浜公園(港区)特設コースでトライアスロンに出場。苦手な泳ぎで遅れたが、必死に追った。完走者の中で最後にゴール。この時も顔の前で両手を合わせていた。「幸せな時間」がうれしかった。

トライアスロンのバイクで力走する土田和歌子選手=8月29日、お台場海浜公園特設コースで

 コロナ禍で大会は揺れた。「開催する意義、選手として何ができるかを考えてきた」と振り返る。競技者である以上、結果を残す。そこに集中し、両競技の練習を重ねてきた。

◆体質改善がきっかけ

 マラソンでトップと1秒差ながらメダルを逃した2016年のリオデジャネイロ大会後、ぜんそくを発症し、同年末から体質改善のため水泳を始めた。それがトライアスロンへの挑戦につながる。新たな挑戦で肉体にどんな変化が起きるのか。「成長を感じてみたい」とマラソンも続けた。
 2競技出場は簡単ではなかった。トライアスロンでは19年に障害が軽いクラスに変更され、ランキング上位に入れず、ぎりぎりでの代表入り。マラソンもコロナ禍でレースの中止が相次ぎ、出場決定は7月末。二刀流の実現は「驚きと感動でいっぱい」だった。

東京五輪の開会式で、聖火ランナーを務めた医療従事者(右)から聖火を受け継ぐ土田和歌子さん=7月23日、国立競技場で

◆生まれ育った東京で

 パラスポーツという言葉も、障害者の大会への注目も日本にない頃から活動してきた。生まれ育った東京での大会は特別だ。五輪の開会式では、パラの選手を代表して聖火をつないだ。
 「この舞台を整えてくれた方々、選手以上の苦労もあったと思う。ありがとうございました」。1大会で複数競技に出場した日本選手は、夏季では88年ソウル大会以来。そんな偉業の達成をよそに、感謝の言葉ばかりが口をついた。(神谷円香)

 つちだ・わかこ 高校2年時に交通事故で脊髄を損傷し車いす生活となる。パラリンピックは、そりで氷上を走るアイススレッジスピードレースで1994年リレハンメル冬季大会に初出場。98年長野冬季大会の同競技で金メダルを獲得後、陸上に転向。04年アテネ夏季大会の5000メートルで優勝し、夏冬両大会の金メダリストとなった。東京都清瀬市出身、多摩市在住。

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