オランダの2つの美術館を訪ね、巨匠ゴッホの魅力を追う

2021年9月13日 12時00分
 「ゴッホ展響きあう魂ヘレーネとフィンセント」(東京新聞、中日新聞社など主催)が18日開幕の東京都美術館を皮切りに12月から福岡市、来年2月からは名古屋市を巡回する。新型コロナウイルス禍にもかかわらず西洋絵画の巨匠フィンセント・ファン・ゴッホの名作群を日本へ送り出したのは、オランダにある2つの美術館。作品搬出前の両施設を訪ね、世界中のゴッホファンをひきつける魅力を体感した。(アムステルダムで、谷悠己)

◆世界最大のコレクション ゴッホ美術館

 アムステルダム中心部の運河群の南側。広大な芝生に面して複数の美術館が立ち並ぶ「ミュージアム広場」の一角にあるのが、親族が引き継いだ世界最大のコレクションを展示するファン・ゴッホ美術館だ。曲線状の外観が目を引く新館は黒川紀章さんが設計を手掛けた。

曲線状の新館が特徴的なゴッホ美術館。右奥はアムステルダム国立美術館(谷悠己撮影)

 まず目に飛び込んでくるのが、自画像を集めた展示室。その1枚の目元をフォーカスした拡大写真が壁一面を覆い、力強いゴッホの視線が訴えかけてくる。
 27歳で画家となったゴッホはフランス・パリ郊外で自殺し亡くなるまでの10年間に約860点の油彩画を残した。うち約200点が同館に所蔵されているが、存命中は無名だったため資金不足でモデルが頼めず、自画像を描き続けたという。

ゴッホ美術館が所蔵する「灰色のフェルト帽の自画像」=ⒸVan Gogh Museum, Amsterdam(Vincent van Gogh Foundation)

 色合いや技法の異なる自画像の中には、画材を節約するため裏面に別の主題を描いた作品もあった。「世界のゴッホ」となる前の画家が孤独に試行錯誤を重ねていた姿が連想される。
 ルートに沿って進むと、アムステルダム在住の若者たちの顔写真とコメントが添えられた作品群があった。来日作品の1つで30代前半のゴッホが両親と住んだ家を描いた「ニューネンの牧師館」には、一人暮らしをあきらめ実家に戻った経験を持つ青年が、当時感じた葛藤を作品に重ね合わせ、思いをつづっていた。
 「コロナ禍で国外客が来られなくなり、国内客へのアプローチを大切にしようと考え付いたのが、地元の若者目線の作品紹介だった」。後日会ったエミリー・ゴーデンカー館長が教えてくれた。コロナ禍前は年間200万人以上が来館していた同館も、新たな展示の形を模索しているようだ。

ゴッホ美術館前で同館の魅力を語るシラール・ファン・ヒューフテンさん(谷悠己撮影)

 別の来日作品で、波打つ海を青や白、緑、黄色で表現した「サント=マリー=ド=ラ=メールの海景」の展示法も面白かった。浜辺にキャンバスを持ち出して描いたと考えられているが、その「証拠」として分厚く塗り重ねた絵の具に浜辺の砂粒が混じっていることが、複写画をマイクロスコープで拡大して確かめられた。制作風景を思い浮かべられる仕掛けだ。
 歌川広重の浮世絵を模写した作品は、咲き誇る梅の構図を忠実に再現した上で、より大胆な色使いを取り入れていた。和風情緒を高めるためか、両端には漢字が書き添えられている。
 同館のコレクション部長を長らく務めたゴッホ研究者のシラール・ファン・ヒューフテンさんが言っていた。「浮世絵の影響で彼が強いあこがれを持った日本を連想させる作品が数多く展示されていることも、この美術館の魅力の一つです」。ゴッホの手による漢字を見返しながら、少し誇らしい気持ちになった。

◆広大な国立公園内に立地 クレラー=ミュラー美術館

 首都アムステルダムから東へ80キロ。小ぎれいな小村オッテルローの中心部を抜けると、そこは深い森。木々の中を進むと視界が開け、庭園に現代風のオブジェが並ぶクレラー=ミュラー美術館が姿を現した。

オランダ・オッテルローの森に囲まれたクレラー=ミュラー美術館(谷悠己撮影)

 国立公園内という世界でも珍しい立地を生かすため、玄関前にある無料のレンタル自転車で広大な園内を周遊できる。野生のシカやイノシシも生息し、敷地面積は実に5500㌶。160点が並ぶ彫刻の森もあり、館内鑑賞以外の見どころにも事欠かない。
 「コロナ禍のため一方通行なので、各作品をよく目に焼き付けてくださいね」

クレラー=ミュラー美術館で、ゴッホ作品を鑑賞する人たち(谷悠己撮影)

 学芸員のレンスケ・コーヘン・テルファートさんがそう言って紹介してくれた館内のゴッホ展示室は、圧巻の一言。日本へ貸し出す48点は既に収蔵庫に回っていたが、「アルルのはね橋」や「夜のカフェテラス」といった名作群がシンプルな白い壁に惜しげもなく飾られ、いずれも強い存在感を放っていた。
 油彩90点余り、素描や版画180点以上。ゴッホ美術館に次ぐ規模のコレクションを築いた美術収集家ヘレーネ・クレラー=ミュラーが、来日展でのゴッホと並ぶ主役だ。

ヘレーネ・クレラー=ミュラー(ⒸKröller-Müller Museum,Otterlo,The Netherlands)

 「学校の遠足で、こんなに素晴らしい美術館を建てたのが女性であることに感銘を受けて以来、ずっと彼女のことが気になっていた」。オランダの作家エーファ・ローフェルスさんは近年発見された膨大なヘレーネの手紙を基に伝記を執筆し、美術館建設に命をささげた半生に光を当てた。
 ローフェルスさんによると、年間40万人が訪れる同館の誕生に欠かせない役割を果たした人物がもう一人いる。ヘレーネの夫で「鉄鋼王」と呼ばれた富豪アントン・クレラーの部下、サム・ファン・デフェンテル。20歳以上も年下ながら聡明(そうめい)でヘレーネの相談相手となり、事業で多忙だった夫に代わって美術館の建設構想を精神的に支えた。

オッテルローの国立公園内にあるヘレーネ・クレラー=ミュラーの墓石を説明するエーファ・ローフェルスさん(谷悠己撮影)

 ヘレーネの手紙の大部分はサムに宛てられたもの。文面から彼はヘレーネに恋心を抱いていたとみられるが、夫も認めるプラトニックな友情関係は生涯続き、美術館完成から1年後の1939年に亡くなったヘレーネから館長職を引き継いだ。第二次世界大戦期には地下倉庫を造り、ゴッホの名作群を守り抜いた。
 国立公園内の丘にある墓地には、壮麗なヘレーネ夫妻の墓石を見守るように、サムの墓石も控えめに隣接されている。「美術館を訪れる人たちには、特別な人間関係で結ばれていたこの3人にも思いを巡らせながら、見学してほしい」。普段は立ち入り禁止の場所に案内してくれたローフェルスさんは、そう言って眼下に広がる森を見つめた。

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