元同級生が聞く 米ハーバード大の小児精神科医・内田舞さんが妊婦の新型コロナワクチン接種の情報発信に取り組む理由

2021年9月14日 19時00分
 米ハーバード大学医学部助教授で同大付属マサチューセッツ総合病院(MGH)小児うつセンター長の内田舞さん(38)が、妊娠中の女性や子どもの新型コロナウイルスワクチン接種についてツイッターなどで発信している。実は内田さんは記者の中学時代の元同級生。精神科医の内田さんが、本来は専門外である新型コロナワクチンの情報発信になぜ熱心に取り組むのか、胸の内を聞いた。 (デジタル編集部・北條香子)

 うちだ・まい 横浜市出身。精神科医。北海道大学医学部在学中に米国の医師国家試験に合格し、2007年の同大卒業後に渡米。米国人でチェロ奏者の夫との間に男児が3人いる。

◆医師でも不安だった…でも感染リスクと比較して考えた

オンライン会議システム「Zoom」で取材に応じる内田舞さん

 「日本の母親は正しい科学情報を与えられないまま、自分と子どもを守るための選択をしなくちゃいけない。その責任は肩に重く乗っかり、真剣に考えた上でどんな判断をしたとしても批判の対象となる。その理不尽さを体感して、正しい科学情報を提供した上で、一緒に考えるために手を差し伸べられたら、と思った」。内田さんは日本に向けた情報発信に取り組み始めた理由をこう語る。
 内田さんは妊娠34週だった今年1月、1回目の新型コロナワクチンを接種。米国でワクチン接種が始まって3週間後で、米国でもワクチンへの不安感が強かった。「当時、世界の中でもワクチンを接種した妊婦はまだ少なかったと思う」と振り返る。医師である内田さんでさえ新しいワクチンに対する漠然とした不安はあったというが「なんとなく怖いからと言って何もしない場合でも、リスクがないわけではない」。妊婦が感染した場合、重症化や死産のリスクが高まる可能性がある。では妊婦がワクチンを接種したら、どんなリスクがあるかを考えた。
 内田さんは、米ファイザー社や米モデルナ社で使われているmRNAワクチンのメカニズムや、2社のワクチンの臨床試験結果を調べて検討。内田さんは「mRNAは超低温でないと保存できないほど非常にもろい物質。40度近くある人間の体内に入ったらすぐに壊れてなくなり、胎盤までたどり着いて赤ちゃんに影響する可能性は低い。一方、接種によって母親の体内で作られた抗体は通常、胎盤から赤ちゃんにも渡る可能性が高い。科学的には妊婦もワクチンを接種した方がいい」と判断した。
 内田さんは2回目の接種を終えた後の2月に三男を出産。妊娠中のワクチン接種の研究のために血液や胎盤、へその緒などを提供し、赤ちゃんがウイルスへの抗体を持って生まれたことが確認された。

◆接種後、日本から届いたメッセージは

今年1月、妊娠34週で1回目の新型コロナウイルスワクチンを接種した内田舞さん(本人提供)

 内田さんの1回目の接種後、MGHはサイトに接種に踏み切った内田さんの考えを記した文章と、大きなお腹で上腕部に絆創膏を貼った内田さんの写真を公開。それが日本国内でもネット上で拡散され、出産直前に日米のメディアから取材が殺到した。
 米国での反応は「発信してくれてありがとう」「母親のかがみ」といった好意的なものが中心だったが、日本から内田さんのツイッターやインスタグラムに寄せられたメッセージは「最悪の母親」「児童虐待」などといった中傷が目立った。中には「死産証明書:子どもの死因は母親のワクチン接種」と悪意のこもった内容のものも。
 出産間近だった内田さんは誹謗ひぼう中傷に傷つきながらも「家族を守る決断をした母親が、こんな理不尽な目に遭うなんて許せない。日本はそんなにワクチン忌避が強いのか」と考えた。育児中の母親の一人として、医師として、接種をためらう母親たちの不安な気持ちに寄り添いながら、正しい科学情報でサポートしよう―。内田さんは自身のツイッターでの発信のほか、新型コロナやワクチンに関する正確な情報を届けるために医師らが立ち上げたプロジェクト「こびナビ」にも参加。ツイッターの音声交流機能などを活用し、生の声を伝えている。報酬にはつながらない、ボランティアでの活動だ。

◆日本でのワクチン忌避、原因は

 8月には千葉県柏市で、新型コロナに感染し自宅療養をしていた妊娠8カ月の女性が早産となり、入院先が見つからないまま自宅で出産した男児が亡くなる事案が発生。その後、妊婦やその家族へのワクチン接種を進める動きが全国的に進んでいるが、内田さんは「本当はこんな事案を1件も起こさないための活動だった。もう繰り返してはいけない」と嘆く。
 2回のワクチン接種を終えた人が国民の半数を超えた今でも、接種後の死亡事例などを伝えるニュースなどに不安を感じる人は少なくない。ワクチン接種後に起こった健康上好ましくない出来事のすべてを指す「有害事象」について、内田さんは「接種との因果関係の有無は、パンデミック(世界的大流行)前の一般率との比較やメカニズムから分析しなければいけない」とした上で、「日本では因果関係の調査が尽くされないまま、有害事象が発生したという情報だけが公開されていて、誤情報や誤解を生みやすい」と指摘。日本でのワクチン忌避は公的機関の調査手法や情報発信のあり方、メディアの取り上げ方に原因があると感じるという。

◆小児精神科医として…コロナ禍の子どもへの影響を懸念

 小児精神科医としても、思考の形成期に新型コロナによって社会の不安にさらされている子どもへの影響を懸念する。「親や教師など、身の回りの大人から感染するかもしれない。子どもたちはどこで安心したらいいのか、誰を信頼していいのかが分からなくなる」と案じる。
 運動会や修学旅行といった学校行事が中止になっていることにも「子どもの時のイベントは1つ1つが特別で、そこで考えることや対話することなど、授業以外の勉学が自然に出来なくなっている」と指摘。「米国では自殺を考える人が4倍になったと言われていたり、精神科の救急受診者が増えるなど、メンタルヘルスクライシスが可視化されてきた」といい、「日本でも同様のメンタルヘルスクライシスが静かに進行しているのではないか」と警鐘を鳴らす。
 内田さんも一人の母親として「我が子に日常を取り戻させたい」と切実に願う。日本に住む両親は、生後半年を過ぎて元気に成長している三男に直接会えておらず、東京ディズニーランドに遊びに行きたいという長男(6つ)と次男(4つ)の夢は実現が先送りされている。「早く収束してほしい」と思うからこそ「ワクチンなしではパンデミックは終わらない」と力を込めた。

◆編集後記

 内田さんは幼少期を海外で過ごし、人種差別を肌で経験。「ソーシャルジャスティス(社会正義)」を信念に掲げるきっかけになったという。記者は中学3年間、内田さんと同じクラスになったことはなかったが、朗らかな内田さんは学年のムードメーカーの一人で目立つ存在だった。学年の顔ぶれが6年間ほとんど変わらない中高一貫校で、内田さんが他の高校に進学すると知ったときは寂しかった。
 今回の取材で、内田さんは外部の高校への転出を決めた理由を明かしてくれた。中学1年の時、一人の生徒をクラスメイト全員の前で立たせて怒鳴り散らした担任教師に、内田さんは「その対応は間違っている」と言ったが、聞く耳を持たれなかったばかりか、それ以降、正答にバツを付けられるなどのハラスメントを受けたという。内田さんの親が抗議したが改善されなかったため、学校に見切りを付けたのだった。
 ある元同級生は、このところメディアの取材に応じる内田さんの姿に「(担任が替わった)2年生の時、ある生徒に暴言を吐いたことを謝罪しなかった担任教師を、舞ちゃんが泣きながら説得していたのを思い出す」という。内田さんは「その事件は覚えていないけど、私らしいね。私は何も変わっていない」と笑う。当時からハラスメントに屈することなく、自分が正しいと思う道を貫いていた内田さんを、元同級生として誇らしく感じた。

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