100年前、日本の商船がトルコ軍の包囲から難民800人を救った?ギリシャやアルメニアに残る伝承

2021年9月15日 16時00分
 エーゲ海を望む港町で100年前、ギリシャやアルメニアの難民800人余をトルコ軍の包囲から救出した日本の商船があったとされる。史料が乏しく、事実と認定するにはなお課題が残るが、両国では日本人船長を「民族の恩人」として英雄視する声が高まっている。 (アルメニアの首都エレバンで、小柳悠志)

トウケイ丸について語るバルダニャンさん=エレバンで(小柳悠志撮影)

 エレバンの日本学者アンナ・バルダニャンさんは「戦争中、難民に手を差し伸べるのは命懸けだったはず」と言い、伝承を次のように説明した。
 時は第1次大戦後の1922年9月。トルコはギリシャと戦いを繰り広げ、港町スミルナ(現イズミル)に迫った。街が火に包まれる中、トルコと敵対するギリシャ人やアルメニア人は窮地に陥り、岸壁に殺到した。
 当時のギリシャ主要紙によると、スミルナに寄港していた日本の商船「トウケイ丸(原文はTokei Maru)」は、ギリシャ人らを保護。船長は追ってきたトルコ兵に対し「難民に手を出せば、日本への侮辱とみなす」と言い渡し、難民の引き渡しを拒んだ。難民乗船のため、海に積み荷を捨てたとの説も残る。
 命を救われたギリシャ人はこの恩を語り継いだ。現地報道によると、子孫らの団体は2016年、在ギリシャ日本大使館に対して謝意を伝えた。同大使館も救出劇を史実として、トウケイ丸の物語を公式サイトで紹介している。
 ギリシャでは救出劇が短編アニメとなり、今年4月にはアルメニアでも放送された。バルダニャンさんは「日本人船長の人道的な偉業は永く伝えられるべきだ」と語る。
 ただ、この伝承を研究してきた東洋大の村田奈々子教授(ギリシャ近現代史)は「歴史的事実と断言するには史料が足りない」と慎重だ。伝承に尾ひれが付き、独り歩きすることも懸念しているという。

日の丸を掲げスミルナに停泊中のトウケイ丸とされる写真。イタリア語で説明書きがある=アンナ・バルダニャンさん提供

 村田教授は二十数年前、留学先のギリシャで「日本船が難民を助けた」との言い伝えを聞き、史料発掘に乗り出した。日本の船名録にTokei Maruと似た「東慶丸」が実在することを突き止めた。またこの船がスミルナを出た後、ギリシャ・アテネ近くに渡ったことを英国の保険会社の情報紙で割り出した。ただスミルナ停泊の日付が当時の報道と異なり、東慶丸が該当する船か決め手はない。
 一方、駐スミルナ米総領事が当時、米国務省宛てに「日本船による難民救助」を報告し、スミルナに停泊したトウケイ丸とされる写真も残っている。村田教授は「難民が語り継いだ話もリアリティーがあり、救助が架空とも思えない」としている。
 トルコ対ギリシャの戦いで日本政府は中立の立場だったため、仮に日本船がギリシャ人を救助した場合、公表しにくい状況でもあった。村田教授は「日本側で乗組員の手記が残されていれば、史実と認定できる」と新史料の発見に期待する。

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