振りきった、生ききった 「一発長打の大島くん」の負くっか人生 大島康徳著

2021年9月19日 07時00分

◆悔いなし フルスイング人生
[評]藤島大(スポーツライター)

 小学生のころのあだ名は「牛肉」。鉄棒が不得手で塊のように「だらーんとぶら下がってるだけだった」からだ。中学ではバレー部。大分・中津工業(現中津東)高校で野球を始めると「ハロー・グッバイ」。練習に現れたら、もうどこかへ消えている。「トリス」とも呼ばれた。照れ性で「人と話すのが大の苦手」。ウイスキーを飲んだみたいに顔が赤くなった。
 大島康徳。享年七十と記さなくてはならない。プロ野球の中日と日本ハムで長く現役を務め、解説者や評論家として親しまれた。
 五年前にステージ4の大腸がんで「余命一年」を告げられて、以後、故郷の言葉では「負くっか」、負けるもんかの生き方を貫いた。本年四月より中日新聞・東京新聞に半生をつづった。最終回を待たず、六月三十日の朝に雲の上へ。同連載を再構成したのが本書である。
 「人生、フルスイング!」
 最終章にそうある。ファンには長打で鳴らす精悍(せいかん)な姿が浮かぶだろう。深い病を得てからは「今ある毎日のことを自分らしく」の心構えとも重なった。
 冒頭に記したように幼少から野球の才能を発揮したわけではない。バレー少年はなぜか相撲で高校に誘われた。「まわし姿を見られるのも恥ずかしかったので」拒むと、こんどは野球部の監督が声をかけた。粗削りの投手にして当たれば飛ぶ打者。甲子園には縁がないのに県大会の場外ホームランをスカウトが見ていた。競技歴二年半で中日のドラフト3位指名。まさに「青天の霹靂(へきれき)」である。人生の方向はかくして定まった。
 現役生活では好調と不調が順番に訪れた。よいことはずっとは続かず、悪いことは必ず終わった。「打撃とは、謎の塊」。どのみち計算のままには運ばない。ならばフルスイングあるのみ。
 負けん気と「度胸なしの怖がり」のカクテルに直感の鋭さというスパイスが加わる。死と表裏なのではなく、ひとつながりの生を語って、そこに矜持(きょうじ)と溶け合う楽天性がにじんだ。読後感は晴朗だ。 
(東京新聞・1540円)
1950−2021年。1969年中日入団、83年本塁打王。日本ハム時代の90年に通算2000本安打達成。94年引退。

◆もう1冊

大島康徳著『がんでも人生フルスイング 「中高年ガン」と共に生きる“患者と家族”の教科書』(双葉社)

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