書いて知る命の重さ ホームズ愛した父描く『最後の挨拶』刊行 小林エリカさん(作家、マンガ家)

2021年9月18日 13時28分

小林エリカさん(写真:森本美絵)

 『最後の挨拶(あいさつ) His Last Bow』(講談社)という、英文で強調されたタイトルにぴんときた人は、きっとシャーロッキアン(シャーロック・ホームズの熱狂的な愛好家)に違いない。英作家コナン・ドイルの生んだ名探偵ホームズの最晩年を描いた短編。それと同名を冠した小説集を刊行したのは「ホームズが家族の一員だった」という小林エリカさん(43)だ。表題作では、ホームズ研究家で翻訳家だった父・司さんの人生を、何とか書き残そうと格闘した。
 「父が死んで十一年。ずっと書きたいと思っていたが、ようやく言葉にできるタイミングがやってきた」
 自称「東京都練馬区ビクトリア朝育ち」。幼少期は「こたつでミカンを食べながら、ホームズと同じ十九世紀のロンドンを生きていた」。父はもちろん、母の東山あかねさんもシャーロッキアン。夫妻で「日本シャーロック・ホームズ・クラブ」を結成し、全集の翻訳も手掛けた。家庭ではいつも、ホームズにまつわる冗談や軽口が飛び交った。
 四姉妹の末っ子で、本の虫だった小林さんを投影した本作の主人公リブロの回想に、その父への愛惜がにじむ。こたつに座った父のひざの上で、リブロは翻訳作業に目を奪われる。<小さな黒い文字が、ひとつずつ指先の中へ吸い込まれてゆく>。父の体に入り込んだ言葉が、手に握られた鉛筆からこぼれ出す。床も見えないほど本であふれた部屋が、ロンドン・ベーカー街の一室に早変わりする。「文章さえあれば、死んでしまった人たちが生き返るような気がしていた」。当時を思い返してそう語る。
 一九二九年に生まれ、二〇一〇年に死去した司さんの生涯における各場面が、時空を超えて文章で再現されていく。戦時中の学徒動員、娘たちの誕生と成長、医師から翻訳家への転身。そして病に倒れ、一時回復し、また倒れるまで。「父の人生の断片を何とかつかまえたかった。でも、何でも知っている気がしていた父の人生でさえ、いくらページを尽くしても書き切れないということに気づいた」
 その気づきは決して絶望ではなく、むしろ希望だったと小林さんは説く。「書き切れないと分かっていても、私はできる限り書きたい。そして本に書かれていない何かまで読みたい。そう思うようになった」
 物語は父の死までを描いて、なお終わらない。翌年の東日本大震災の描写へと続いていく。「父について書くことで、一人の人間が失われてしまうことの大きさを実感した。一方で、震災ではたくさんの人が亡くなっていて、その一人一人に書き切れないほどの人生があった。そのことも書き留めておきたかった」
 最愛の父だけでなく、もう一人の「家族」であるホームズについても「やっと文章にできた」という大事な作品になった。「存在が近すぎて書けなかった。四十歳を過ぎ、ようやく距離を置いて見られるようになったのかも」と笑う。
 「死」や「人生」と向き合った本作に限らず、放射能をテーマに据えたマンガ『光の子ども』や小説『マダム・キュリーと朝食を』など、デビュー以来、徹底して「目に見えないもの」を描こうとしてきた。本書に併録の短編「交霊」は、放射線を研究したキュリー夫人と同時代を生き、生前も死後も、誰からも顧みられなかった女性の声が、はるか未来にすくい上げられる物語。「歴史書を調べても、残された人は男性ばかりで女性は見つからないことが多い。それでも確実に生きて存在した女性たちの思いを、もっと知りたいという気持ちがあった」と執筆の動機を明かす。
 現代美術や絵本も手掛けるなど、表現の手法が広がっているのに加え、小説の書き方にも変化が訪れている。「ずっと見えないものを見たいと思っていた。でも最近は見えないものを見えないまま捉えたいという気持ちが大きい。自分が書き残すことで、私だけでなく、私の周りに存在した誰かの気配まで未来の読者は見つけてくれる。そう信じて書いています」 (樋口薫)

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