週のはじめに考える 安保法の来し方行く末

2021年9月19日 07時16分
 安倍晋三前政権が強行した安全保障関連法の成立から十九日で六年がたちました。違憲とされてきた「集団的自衛権の行使」を容認し、米軍との一体化をより進める法律です。戦後憲法の平和主義はどこに行き着くのか。安保法の来し方と行く末を考えます。
 菅義偉内閣の閣僚から七月、気になる発言が飛び出しました。
 中国が台湾に侵攻した場合の日本の対応について、麻生太郎副総理兼財務相が「台湾で大きな問題が起きると、間違いなく『存立危機事態』に関係してくる。日米で一緒に台湾を防衛しなければならない」と述べたのです。
 安保関連法で集団的自衛権を行使できる要件の「存立危機事態」に当たる可能性があるとの認識を示したのです。

◆台湾有事で武力行使?

 存立危機事態は、日本と密接な関係にある外国への武力攻撃が発生し、日本の存立が脅かされ、国民の生命、自由、幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある事態を指します。その場合、ほかに適当な手段がなければ、自衛隊は外国への攻撃を武力で排除することができる規定です。
 麻生氏の発言に当てはめれば、中国の台湾侵攻に米軍が介入し、米中両軍が武力衝突した場合、自衛隊が中国の攻撃から米軍艦艇などを防護することになります。
 日本が直接攻撃されていないにもかかわらず、密接な関係にある外国への攻撃を自国への攻撃とみなして武力行使する「集団的自衛権の行使」に該当します。
 日本国民だけで三百十万人、周辺国や対戦国を合わせれば膨大な犠牲者を出した先の大戦の反省から生まれた憲法九条は、戦争放棄と戦力不保持を明記しています。
 その後、必要最小限の自衛力として自衛隊を創設しましたが、歴代内閣は、集団的自衛権の行使は憲法九条が許す自衛力の範囲を超え、違憲としてきました。
 それを根本から変えたのが、安倍前内閣による憲法解釈変更と、六年前の安保関連法成立強行でした。集団的自衛権の行使容認は、この法律の核心でもあります。
 歴代内閣の憲法解釈は長年の国会審議などを経て確立したものです。それを一内閣だけの判断で変更し、それに基づく安保関連法を国会での反対を押し切って成立させたことも強引でした=写真は二〇一五年八月、国会正門前での反対集会の様子。
 野党側が安保関連法の違憲部分の削除を求め、全国各地で違憲訴訟が相次ぐのも当然でしょう。
 もちろん、中国が台湾を武力を使って強引に統一することが許されてはなりません。軍事的台頭著しい中国に自重を求める外交圧力をより強め、武力紛争の回避に尽くすべきは当然です。
 ただ、日本の歴代内閣は一九七二年の日中国交回復以降、「一つの中国」を支持する立場を堅持しています。つまり台湾は中国の不可分の一部です。日本の集団的自衛権の行使が、中国の「内戦」への介入になりはしないか、日中間で本格的な武力衝突に発展しないか、心配は尽きません。

◆自国民保護から戦争へ

 安保関連法に関連して、別の気になる動きも出てきました。アフガニスタンからの邦人退避対応の「失敗」を機に、自衛隊法の改正論議が浮上しているのです。
 自民党総裁選に立候補した高市早苗前総務相は、邦人退避について、現行法では「邦人を奪還できない」として、自衛隊による邦人奪還を可能にする法改正を目指す考えを表明しました。岸田文雄前政調会長も同様に法改正の必要性に言及しています。
 現行法では、自衛隊が外国での邦人の警護や救出、輸送などを行うには、戦闘行為が行われていないことが条件になってはいます。
 ただ、いくら邦人救出のためとはいえ、戦闘行為が行われているような危険な場所に自衛隊を派遣すれば、戦闘に発展する可能性があります。戦争の発端が、自国民保護を名目にすることが多いのも歴史の教訓です。それは戦争放棄の平和憲法に反します。
 そもそも今回の邦人保護の「失敗」は、情報収集や自衛隊機派遣の遅れなどが指摘されています。外交努力を尽くさず、自衛隊法の改正を持ち出す性急な議論には、違和感すら覚えます。
 自衛隊の役割や法律を、地域情勢の変化に応じて不断に見直すことは必要でしょう。でも、今や日本人の血肉と化した憲法の平和主義から逸脱することを、決して認めてはならないのです。

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