<ブルボン小林 月刊マンガホニャララ>(29)目が離せなくなる「顔」

2021年9月20日 07時06分
 ハードロックの老舗専門誌「BURRN!」を久々にめくってちょっと驚いた。載っている面々が三十年前と変わっていなかったのだ。いまだにアイアン・メイデンやジューダス・プリーストが記事の中心だ。
 しかし、妙に元気な感じもした。毎号の表紙に佇(たたず)むのは中年から初老といっていいベテランバンドマンたち。彼らの顔は老けているものの皆、とてもエネルギッシュな印象だ。本当に好きなことだけをし続けている人特有の充実感が顔面にも表れている、というか。
 同じ雑誌でも、文芸春秋とか週刊ポストとかめくっても、出てくる話題はもちろん、そこに載ってる顔もどこか元気がない(世相のせいでもあろうが)。
 漫画は絵とキャラクターで勝負するものだから、当然「顔」が大事だ。人好きのする造作に描くこともだが、それ以前に、どの人物も写真映りのよい瞬間だけで描く。
 現実の人間に対して、ずっとシャッターを連射し続ければ必ず、弛緩(しかん)してたり、むくんでたり、たまたま白目をむいてしまった、そんな写真が交ざるはずだが、漫画はそういう瞬間を切り捨てる。美しくない間抜け顔であっても、ハッキリとそうである瞬間だけ選んで描く(描ける)。それは漫画の特性でもある。
 だけれど、最近は漫画の人物たちの顔からも、元気を感じられないことが多い。若い描き手の多くは洗練されていて絵も上手だが、「顔」だけが印象に残ることは少ない。

米代恭『往生際の意味を知れ!』 *『週刊ビッグコミックスピリッツ』(小学館)で連載中。既刊4巻。

 米代恭(よねしろきょう)『往生際の意味を知れ!』の主人公は映画監督として将来を嘱望されていたが、恋人に去られた傷心で、映画の道も諦めて覇気なく生き続けている。その彼のもとに元カノが現れて告げる。「(あなたの)精子が欲しい」と。
 この元カノの日和(ひより)がすごい。要望がすごいのだが、油断のならない、さりとて引き込まずにはおかない、なんつう表情でこっちをみるんだ。
 悶々(もんもん)と悩む主人公に日和がみせる顔はときに蠱惑(こわく)的、ときに冷酷。話が進むごと、彼女の複雑な家庭が明らかになる(以下ネタバレあり注意)。世間では人気漫画家の母親は、裏では一家を支配し、過去に父親を監禁、殺害した(らしい)。非情で狡猾(こうかつ)な母親は妖怪じみた目つきで描かれ、復讐(ふくしゅう)を果たさんとする日和は強大な母に対して「表情」でも拮抗(きっこう)していたのだ。それで、復讐する側もされる側も同じ悪い顔! 不穏だし、ドキドキする。三巻でマンションから飛び降りた際の笑顔や、最新刊で何度かみせた日和の涙も、普段の不穏な顔との落差でぐっとくる。筋もだし、彼らの顔からも目が離せない。

原作・司馬遼太郎 作画・森秀樹『新選組血風録』 *全3巻。最終巻は9月発行。文芸春秋。

 森秀樹『新選組血風録』は原作が司馬遼太郎だが、ただ小説を絵解きしたのでない魅力がある。彼が描く「顔」の良さは格別だ。インクでなく墨、という雰囲気の筆致で、絵なのに、顔の内側に肉がちゃんとあるかのよう。むくつけき顔の藩士が愉快そうに笑うだけで印象絶大。蛸(たこ)に似た敵役はときに蛸そのものとして描き、おかしみと迫力を両立させる。
 ここまで精魂こもった「顔」を描く漫画は、ベテランロッカーたちと同様の元気を我々(われわれ)に与えてくれる。(ぶるぼん・こばやし=コラムニスト)

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