敬老の日に考える 「90歳のテナー」は願う

2021年9月20日 07時10分
 広島大学元学長の原田康夫さん=写真(右)=は、ことし五月三十一日で満九十歳になりました。
 いくつもの顔を持つ人です。本業は耳鼻科の医師。内耳の研究によって目まいや平衡障害の治療法を進歩させ、世界的な医学賞である「バラニー・ゴールドメダル」を受けています。
 美術にも造詣が深く、三年前には私財を投じ、広島大病院内に「YHRPミュージアム」を開館させました。ポーランドの芸術家、レシェック・ノボシェルスキの陶板画「ノーモア・ヒロシマ」や「希望の光り」など約八十点を、核廃絶と平和への思いを込めて展示しています。
 そして何より、現役のテノール歌手という顔も。「世界最高齢のオペラ歌手」を自任するアーティストでもある人です。

◆焼け跡に差す希望の光

 オペラとの出会いは旧制中学時代、原爆の焼け跡に立つ闇市で見つけた一枚のレコードでした。
 スウェーデンのテノール、ユッシ・ビョルリングが歌ったプッチーニのオペラ「ラ・ボエーム」の中の「この冷たい手」。
 焼け跡に差す希望の光のような高音に魅了され、難曲中の難曲といわれるそのアリアを歌ってみたい一心で音楽を志し、声楽の師につきました。
 初めてオペラの舞台を踏んだのは、医学部二年生の時、NHK広島放送局が主催したプッチーニの「蝶々夫人」の端役から。その後、数々のイタリア・オペラに出演し、「カバレリア・ルスティカーナ」のトゥリッド、「椿(つばき)姫」のアルフレードといった、主役級も演じています。
 一昨年の九月には、広島市内で米寿記念のリサイタルを開催し、アリアやカンツォーネなど二十一曲を立ったまま、マイクなしで歌い上げ、千三百人の聴衆を驚嘆させました。
 原田さんは書いています。
<高齢になると顔に皺(しわ)が寄るように、声帯粘膜も乾いて皺が寄る。それで発声時に声帯の間に隙間ができ声がかすれ、高音が出なくなるのである>(呉市老人クラブ連合会会報コラム)
 そこで声の老化を防ぐため、独自の声帯健康法を考案し、長年実践しています。
 まず毎晩就寝時、くちびるにばんそうこうを貼り付けて、睡眠中に口を開くのを防ぎ、口腔(こうくう)内が乾かないようにする。これを四十年以上。そして、こんにゃくの成分でできた市販のスポンジを一センチ角に切り、上あごの歯茎の上に挟み込む。耳下腺から垂れ流し状態の唾液をスポンジに吸わせてためておくことで、声帯表面の粘膜の乾燥を防ぐことができるという。これを二十年以上−。
 「卒寿のテナー」の衰えぬ美声には、耳鼻科医として経験知の裏付けもあるようです。
 今月十二日、名古屋市内で開かれた予防医学フォーラムの冒頭で、原田さんは日本予防医学会名誉理事長として開会のあいさつをしたあとで、「オー・ソレ・ミオ」と「グラナダ」の二曲を、力強く高らかに歌い上げました。
 実はその八日前、同じ医師として夫の活動を支え続けた三歳年下の妻ユキさんを亡くしたばかり。
 「一度はこの会も欠席しようと思うたのだが、あの子(ユキさん)が行きなさい、行って皆さんを元気づけていらっしゃいと、言うとるような気がしてのう」
 原田さんは、あいさつの中で打ち明けました。
 オー・ソレ・ミオ…私の太陽よ。天国のユキさんに向けて歌ったのかもしれません。
 あらためて、歌い続ける理由を聞いてみました。
 「言葉だけでは表せないものが、歌の中にはあるわけですね。イタリアの歌曲には、情熱のこもった言葉も多い。新約聖書の『はじめに言葉ありき』じゃな。その次に歌があり、人は言葉にならない喜びや悲しみや願いや愛情を歌で表現するようになったんじゃろな。それをそのまま、わし、やらしてもろうとる」

◆言葉では表せぬもの

 九十歳のテノール歌手は、しみじみ語ってくれました。
 「九十歳になってもオペラを歌えるわしを見て、自分にも何かができると思うてほしい。希望を持ってもらいたい。そしてそれには、まず健康であることが大事だと、健康でいたいと強く感じてほしい。高齢者にも、若い人にも」
 今日敬老の日。喉の手入れを怠らず歌い続ける原田さん。その姿に込められたメッセージ。敬意を持って受け止めたいと思います。

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