<ひと物語>老舗銭湯を守る 「鹿島湯」経営・坂下三浩さん

2021年9月20日 07時17分

鹿島湯3代目坂下三浩さん=いずれもさいたま市南区の鹿島湯で

 瓦ぶきの玄関屋根に、高くそびえる煙突。県庁にほど近い住宅街の一角に、昭和の面影を残した銭湯「鹿島湯」はある。生活の一部として足を運んでくれるお客さんのため、県内で四十軒弱まで減った銭湯の文化を守るため、三代目の坂下三浩さん(54)はきょうも薪釜で湯を沸かす。
 浴室のドアを開けると、真っ青な空間が広がる。高い天窓から光が差し込み、ペンキ絵の赤富士が堂々たる姿を見せる。タイル張りの浴場、おしゃれな装飾の電灯、黄色いケロリンおけ−。レトロな雰囲気が漂う。お湯はくみ上げた地下水を利用し、昔ながらの薪釜で沸かしている。
 鹿島湯は一九五六年、大工だった坂下さんの祖父が建てた。子どものころは「風呂屋、風呂屋」とからかわれ、家業が嫌いだった。後を継ぐ気はなく、電力会社で働きながら大学夜間部で学んだ。その後も建設会社や議員秘書など職を転々とした。
 家業に関わるきっかけは二〇一一年十月、父・三夫さんの緊急入院だった。一週間ほど休業していた時、たまたま店の前で同級生の母親に会った。「みっちゃん、絶対に辞めないでね。私たち困るから」。自宅に風呂があるのに、鹿島湯を利用していると聞いて驚いた。実はこの時、三夫さんを除いた家族会議の結論は廃業に傾きかけていた。「待っている人がいるから、開けるわ」。病床の父に告げ、風呂の沸かし方や火入れの時間、掃除の仕方など、一から教わった。

昭和レトロな雰囲気が漂う浴場

 昨年六月に三夫さんが引退したのを機に、正式に三代目に就任。しかし、一年もたたない今年二月、銭湯の心臓部である釜が老朽化で破損し、お湯が漏れた。今は応急処置で持ちこたえているが、配管や湯温調整器なども頻繁に故障している。釜や配管の入れ替えには多額の資金が必要だが、新型コロナウイルスの影響で客足が減り、売り上げも例年の七割と厳しい状況。三夫さんが元気な間は頑張って経営していくつもりだったが、「完全に心が折れた」。
 さらに三夫さんの全身にがんが見つかり、気が気でなかった。ただ、体はつらいはずなのに、「お客さんは来ているか?」と店の心配ばかりする父の姿を見て奮起した。鹿島湯ファンの協力を得て、クラウドファンディング(CF)用のサイトを立ち上げ、十月三日まで修繕費として六百万円を募っている。
 今月七日、三夫さんが永眠した。新しくなった鹿島湯を見せられなかった悔しさはあるが、鹿島湯が一層、いとおしい存在になった。「友達と会うのが楽しみという人がいる。人がつながるために必要な場所だ」と坂下さん。CFや店頭募金から力をもらっている。「人生の中でこんなに頑張れと言われたことはなかった。頑張れという言葉は力になる。なんとか鹿島湯を守りたい」(飯田樹与)
<さかした・みつひろ> 1967年9月生まれ、さいたま市南区出身。Jリーグに屋号と同じ名称の他県チームがあることから、「ホームなのにアウェイ」など自虐的なキャッチコピーで有名になった鹿島湯の3代目。クラウドファンディングは専用サイト(https://www.kashimayu.com/donation)から。

関連キーワード

PR情報