真田忍者の歴史ひもとく 町歴史と民俗の博物館で企画展 手裏剣や古文書など約300点

2021年9月20日 07時45分

手裏剣や先がとがった「まきびし」などの忍者道具が並ぶ展示=中之条町で

 戦国から江戸時代にかけて上州から信州の一部を治めた真田氏と、忍者の歴史を紹介する企画展「吾妻衆 真田忍者展〜上州を駆けた古今無双の勇士たち〜」が、中之条町中之条町の町歴史と民俗の博物館「ミュゼ」で開かれている。関連する古文書や手裏剣などの忍者道具を中心に計約三百点が並ぶ。十二月十九日までの予定。(菅原洋)
 真田忍者といえば、小説などの「真田十勇士」が有名だが、史実ではない。ただ、真田氏が仕えた戦国武将、武田信玄は情報収集に「忍び」を使ったと伝わる。このため、戦国時代などに活躍した真田氏の武将たちも忍びを使い組織的に情報収集したとみられる。
 同館の山口通喜(みちよし)館長によると、隠密行動の忍びはそもそも記録を残さない。しかし、真田氏たちと忍びの関係は比較的信頼できる軍記物の「加沢記」や「吾妻記」でたどれ、いわゆる黒装束姿の忍者は確認できないが、忍びとみられる実在の地侍もいるという。
 展示で注目されるのは、町指定重要文化財の古文書「八幡山番帳」(一五八八年)。八幡山は町指定史跡の山城で、真田氏が北条氏との戦に備えて吾妻の地侍たちに守らせた記録だ。地侍たちの氏名と武具が列記され、忍びとみられる地侍の名もあるという。
 前橋市の忍者関連収集家、故山岸賢司さんの遺族が昨年同館に寄贈した忍びの道具も目を引く。真田忍者とは直接結び付けられないが、各地から集めた江戸時代ごろとみられる手裏剣、先端がとがった「まきびし」、特殊な鎌などを展示している。
 山口館長は「真田氏がさまざまな主君の間を渡り歩き、幕末まで生き残った背景には、真田忍者を使ったような情報収集能力があったからではないか。地元のために戦った忍者の姿を知ってほしい」と来館を呼び掛けている。原則木曜休館。入館料は大人二百円。

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