防空ずきん、焼け焦げた万年筆…300人超の戦争証言、遺物はなぜ封印されたのか?

2021年9月21日 06時00分
<封印されたビデオ>
 収録から20年以上が過ぎた今も公開されず、都内の倉庫に眠る東京大空襲などの戦争体験者約300人の証言ビデオ。終戦から半世紀後の1990年代後半、都は貴重な戦争体験を広く後世に伝えようとしていたが、なぜ封印されたのか。(井上靖史)

◆90年代「今集めなければ時間切れになる」

 証言を収録するよう都に求めたのは、作家の早乙女勝元さん(89)だ。自らも空襲体験者で、その証言の記録に半生をかけて取り組んできた。95年には「いま空襲体験者の声を集めなければ時間切れになる」と、当時の青島幸男都知事に訴えた。

証言した空襲経験者の苦しみを理解してほしいと訴える早乙女勝元さん=東京都足立区で

 早乙女さんは「大空襲を伝える施設を設ける方向は固まっていたが、建物ができるまでは相当な時間がかかり、その間に亡くなってしまう人もいる。映像だけは元気なうちに確保しては、と提案した。都民参加でやることに大きな意味があるとお伝えした」と話す。
 収録を担当したのは都の外郭団体「東京都映画協会」。女性映画監督の渋谷昶子のぶこさん(故人)らが96~99年度に制作したビデオには、空襲体験や疎開先での生活など幅広い都民の戦争体験が集まった。防空ずきんや焼け焦げた万年筆といった物品も集まった。

◆加害、軍国主義的表現…一部から反対の声

 だが、展示施設となる予定だった「東京都平和祈念館(仮称)」を巡り、加害についての内容や「軍事都市東京」の表現などに対し大学教授や一部の都議から反対の声があり、祈念館の整備計画は99年に凍結された。それから20年以上が過ぎた。
 都は毎年3月に開いている空襲資料展で、9人の証言ビデオを公開している。その他の約320人については「平和祈念館以外で使用する同意を得られていないため、公開の対象としていない」(生活文化局の担当者)という態度だ。
 だが、そもそも公開に向け、2000年に意向を確認したのは9人のみ。「なぜ9人しか確認していないのか」と問い合わせると、都の回答は「当時の資料がなくわからない」だった。
 本紙が証言者の名前や住所の情報公開を求めても都は開示しなかった。本紙はこれまでの取材で約200人の名前は確認したものの、亡くなった人や連絡先のわからない人が多い。

◆平和継承の思いに応えて

 都は収録に際し、証言者に「貴重な証言を後世に伝えていく」とする生活文化局長名の文書を渡したものの、その後の経緯は文書の趣旨とは正反対だ。ある都の関係者は「私たちもこのままでいいとは思っていないが、(祈念館の建設計画を凍結した)都議会の付帯決議は重い」と語る。
 ビデオテープはDVD化を済ませているという。
 早乙女さんは訴える。
 「つらい体験で本当は話したくない人もいたはず。二度と繰り返さないようにと口を開いた人たちの思いに応えてほしい」

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