<東京大空襲 体験者の証言>家族を吹き飛ばした「火事場風」…都制作の未公開ビデオ

2021年9月22日 06時00分
<連載>封印されたビデオ②船渡和代さん(89)
 「家族が吹き飛ばされた」。1945年3月10日の東京大空襲では、「火事場風」と呼ばれる熱を含んだ突風があちこちで吹いた。東京都葛飾区の船渡和代さん(89)は25年前、都の要請に応じてビデオカメラの前で、その恐ろしさをまざまざと語っていた。都が船渡さんに渡したビデオテープを見せてもらった。

証言ビデオを公開して自身の体験を教訓にしてほしいと願う船渡和代さん=東京都内で(井上靖史撮影)

◆突風と煙で家族ばらばらに

 「寒い日だった。6つ下の妹と2人でふとんに入って温まっていた」。船渡さんは12歳の記憶を振り返る。7人きょうだいの真ん中で、父母含めて9人家族だった。国民学校の卒業式を控え、疎開先の山形県から現在の江東区大島の実家へ戻っていた。目が覚めたら外が騒がしい。空襲だ。
 「10カ月の弟をおぶった母、妹と4人で逃げた。途中、消火活動をあきらめた父、3人の兄と偶然、合流して猿江恩賜公園を目指した」。公園は人がいっぱいで入れなかった。小名木川に架かる大通りの進開しんかい橋にたどりついた。
 「風にさらわれた母が、煙の中で見えなくなった。父は母を追った。父のベルトをつかんでいた三男も見えなくなった」
 残されたのは2人の兄、妹との4人。大通り沿いには深さ1メートルに満たない堀があった。「行くぞ」。長兄の掛け声のもと走った。背負っていたリュックが災いしたのか、次兄が突風で吹き飛ばされた。助けようとした長兄も飛ばされた。

◆「熱いよ。水ちょうだい」妹の叫び

 妹と2人きりになった。「立ち上がれば突風に飛ばされる」と、火の粉を浴びながら堀の中で耐えた。妹の防災ずきんが燃えた。「熱いよ。水ちょうだい」。叫ぶ声を聞きながら、素手で必死に土をかいた。少しは深くなった堀に、妹を寝かせた。
 夜が明け家族を捜した。父、母、2人の兄には会えたが、次兄は見つからなかった。母が背負っていた弟がいない。どうしたと聞くと、母は首を振った。「かぶせていたずきんが燃えて焼け死んだか、飛ばされたのか。家族とはぐれた進開橋は川がせき止められるほど遺体が積み上がった」

船渡さんの空襲体験を収録した東京都の証言ビデオ画面

 空襲から9日後、妹は破傷風で死んだ。「土の上に寝かせたときに、傷口からばい菌が入ったのか。近所の家にいて別々に避難した祖母、祖母と一緒に避難したはずの3歳の妹にも二度と会えなかった」

◆公開してほしい

 2008年、撮影を担当した映画監督の渋谷昶子のぶこさんから書面が届いた。「何らかの形で日の目をみるよう努力します」とあり、期待したが、渋谷さんは16年に先立った。船渡さんは「ビデオが公開されるのを見届けられるかどうか…」と悔しそうに話した。(井上靖史)

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