「デジタル化」の光と影

2021年9月22日 07時47分
 デジタル庁が発足した。デジタル化の恩恵が全国民に行き渡ることを目指す。キーワードはDX(デジタルトランスフォーメーション)。ITによる社会全般の変革だ。それは希望なのか。それとも…。

<DX(デジタルトランスフォーメーション)> スウェーデン・ウメオ大のストルターマン教授が2004年に提唱した概念。情報通信技術(ICT)が社会の全領域に浸透することで起こる変化のこと。単なるデジタル技術による効率化ではなく、ICTの能力を最大限活用できる新たな社会・経済システムの構築を目指す。デジタル庁自体が、単にデジタル行政の司令塔ではなく、「縦割り行政」変革の起爆剤と目されていることが象徴的。官民全体の構造改革につながる大きな変革と言えるだろう。

◆コロナ禍 変革の契機 名古屋国際工科専門職大教授・山本修一郎さん

 デジタル技術とデータを活用し、企業全体を変革する。これが、DXの意味です。コンピューターを使って個別業務を自動化するIT化とはレベルが違います。デジタル経済圏の中で、競争優位性のある企業になることが目標です。
 日本企業のDXは遅れています。経済産業省が「DXレポート」をまとめた二〇一八年当時、八割を超える企業が、稼働二十一年以上の老朽システムを抱えていました。維持・管理などに伴う経済損失は、国全体で年間四兆円。このままでは、二五年には損失が十二兆円に膨らむと予測しています。
 デジタル変革を乗り越えて、生き残っていける企業は、わずか8%という試算もあります。中小企業の中には、今でも電話とファクスだけで受発注しているところがあります。いずれは消滅してしまうでしょう。企業がつぶれていけば、日本の国際競争力も低下します。
 二十年前の日本は、決して「デジタル後進国」ではありませんでした。なぜ、DXは進まないのでしょうか。最大の課題は人材不足です。そのため、私自身も今、新しい専門職大学でこれからの社会を担う若手人材の育成に力を注いでいます。人材の育成と活用に加え、デジタル技術で何をするのか、何ができるのかを、企業に正しく理解してもらうことも重要です。
 DXの本質は、古い企業文化から脱却することです。仕事の仕組みから変えていく必要があります。まずは、仕事のモジュール化、つまり一つ一つの仕事の中身を明確にすることから始まります。また、新しいビジネスを開拓するためには、経営トップがリスクを取って挑戦する必要があります。
 コロナ禍で、企業が置かれた事業環境は激変し、経営の変革を迫られています。コロナ禍をDX推進の契機にしてほしいと思います。コロナ禍に対応できるように仕事のやり方を変えれば、ほかの環境変化にも対応できるようになります。
 現状では、九割ぐらいの企業がデジタル技術の使い方を分かっていません。逆に言うと、変革の余地が非常に大きいということです。多くの企業が、デジタル技術を使いこなしている。そんな未来があるはずです。そこに向かって、最初のデジタル企業になろうとしているところが勝者になるでしょう。 (聞き手・越智俊至)

<やまもと・しゅういちろう> 1954年、鳥取県生まれ。NTTデータ初代フェローを経て2009年に名古屋大教授、20年から名誉教授。経済産業省の「DXレポート」作成に委員として参加。

◆知の旅の行き止まり 作家・上田岳弘さん

 僕はデジタルの世界を「新大陸」ととらえています。現実世界とつながっているが、今までとは違う因果(論理構造)を持つ別の大陸が発見されたのだと。
 デジタルの歴史でメルクマール(目印)となったのはフェイスブックです。実名での交流を推奨することで現実世界とほぼイコールになりました。電話帳みたいなものとして。しかし、電話帳とは決定的に違うところがあります。電話帳で管理できる友達は二百人ぐらいですが、フェイスブックなら五千人ぐらいとの交流が可能。現実社会とは違うデジタルな因果で効率よくできる部分がたくさんあるからです。
 デジタルが社会運営に有効であることは間違いなく、デジタル庁の創設は当然です。しかし、デジタルの特性が理解されているかどうか。組織的には内閣の下にあり、統括者が首相になっています。でも、かつて英国領だった香港のように本土から離れた領土は、現地をよく知る総督が管理していた。デジタル庁もデジタルという新大陸の特性を熟知した人間に総督的な権限を預けないと、うまくいかないと思います。
 一方で、僕はそもそもデジタルとは何かということを考えます。0と1からなるデジタルは一番効率よく扱える記号であり、世界全体を数字、代数に置き換えられるものです。
 ただ、デジタルに置き換えられないものがあるはず。それはデジタル的思考やアプローチで小説を書くことで明らかになるというのが僕の仮説です。否定しえないものを浮き彫りにするために否定し尽くすというか。
 それによって読者の心に否定されたくないものが浮かんでほしい、ある種の感情が芽生えてほしいんです。僕は人にとって一番重要な感情は、生命に直結する快不快を別にすると「寂しさ」だと思っています。自分に対して他者が何かの感情を抱いてほしいという気持ち。それこそが生きることを駆動させているのではないか。
 生きることはもともと死にあらがうことでした。そのために人間は知性を拡大し、生存可能性を高めようとしてきました。しかし、デジタルが進んでその答えがはじき出せるような状況になってきた。人類は旅の行き止まりを迎えつつあり、これまでの道行きにあらがい、反転させようとしているのではないかと感じます。生きるために。 (聞き手・大森雅弥)

<うえだ・たかひろ> 1979年、兵庫県生まれ。著書に『私の恋人』(三島賞)、『ニムロッド』(芥川賞)、『キュー』など。近著は『旅のない』(講談社)。IT企業の役員も務める。

◆リスク対応 今後の鍵 慶応大法科大学院教授・山本龍彦さん

 デジタル改革で、これまで世帯主義だった行政手続きが個人単位に変わり、個の自由が促進される側面もあります。効率性だけでなく、憲法価値の実現という観点からデジタル化を進めていくべきです。
 そのためには、欧州のように個人情報の保護を基本的人権として正面からとらえることが重要です。残念ながら日本では、この大本の議論が決定的に不足しています。デジタル社会形成の基本原則として、「自己情報の主体的コントロール」が掲げられましたが、結局、デジタル社会形成基本法に「権利」として明記されませんでした。日本のデジタル化は、基礎工事ができていない中で家を建てるようなものです。このままだと、いつか土台がぐらつきます。
 今後は、行政の決定にアルゴリズム(計算手法)や人工知能(AI)が使われ、私たちの人権が非常に複雑化・自動化したシステムによって侵害されることも起きてきます。なぜAIがそのような決定を導いたかが人間には理解できなくなる「ブラックボックス問題」も早晩表面化するでしょう。デジタル社会に固有の権利侵害に対応するための専門組織も必要です。
 デジタル化によって個人の移動性が高まると、特定の自治体との関係が薄くなり、共同体意識や公共的精神が育ちにくくなります。こうした道徳の退廃を防ぐために監視が強まり、住民自治が機能しなくなる恐れもあります。民主主義をどう実現するかなど、中長期的な視点でデジタル政策を考える組織や、ランダムに選ばれた市民による会議を設け、技術の問題をしっかり市民に開いていくことが望まれます。
 デジタル改革は、単に従来の手続きをデジタル化することではなく、個人と社会の関係、国のあり方を大きく変えるもの。そのビジョンは、選挙でも争点化されないといけません。
 デジタル社会のビジネスの根幹で、あらゆる問題の出発点でもあるのが、インターネット上の検索や閲覧などの行動記録をAIで分析し、好みや感情を予測する「プロファイリング」。心を読んで操作するような技術にどこまで規制をかけるかも今後の鍵になります。
 デジタル化のリスクにしっかり目を向けること。その姿勢が結局はデジタル化を進めることにもなると思います。 (聞き手・清水祐樹)

<やまもと・たつひこ> 1976年、東京都生まれ。専門は憲法学、情報法学。司法試験考査委員、ワシントン大客員教授などを歴任。『AIと憲法』など著書も多数。


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