<Newsスポット>「埼玉いのちの電話」開設30年 今度は私が支える 救われた女性、相談員に

2021年9月24日 07時38分

電話の声に耳を傾ける相談員。「かけ手の話から教わることも多い」という=さいたま市内で

 悩みや孤独を抱えた人の相談に応じ、自殺予防に取り組む「埼玉いのちの電話」が今月、開設30年を迎えた。この間に受けた相談は約70万件に上り、変化する社会の中で必要とされ続けてきた。相談員不足は解消されていないが、1本の電話に救われ、生をつないできた人が確かにいる。(近藤統義)
 ペンを握り、ひと言も聞き漏らさないようメモを取る。県内に住む六十代の女性は、昨年十月から相談員を始めた。月に二回、さいたま市内の事務所で電話を受ける。
 相談内容は幅広い。家族関係や育児、仕事や生活苦、心の不調。長い電話は一時間を超える。「相手に寄り添い、後ろからついて行く感覚」。アドバイスは押し付けず、あくまで聞き役に徹する。
 対話を通して、電話の向こうの声が少しずつ明るくなる。そんな経験は少なくない。「聞いてくれてありがとう」と、最後に感謝の言葉を残して電話を切る人もいる。
 その気持ちが女性にはよく分かる。かつての自分も埼玉いのちの電話を頼り、絶望から立ち直る一歩を踏み出せた一人だからだ。
 二十五年ほど前、女性は「真っ暗闇の中」にいた。夫の暴力に苦しみながら三人の子どもを育て、同じころパワハラで仕事も辞めざるを得なかった。さらに不慮の事故にも遭い、心的外傷後ストレス障害(PTSD)と診断された。
 「毎日をどう生きていけばいいのか。子どもと一緒に死んだら楽になるかな」。困難が重なり、そんな考えが何度も頭をよぎった。
 勇気を振り絞り、受話器を手にしたのは家族が寝静まった夜。「つらかったですね」。返ってきたのは温かい声だった。ただじっと耳を傾けてくれた。気づくと涙がこぼれていた。
 別の日にも数回、電話をかけた。聞き手は毎回違ったが、「聞いてもらううちに支えられ、エネルギーが蓄えられていく気がした」。この時の恩返しがしたくて、女性は相談員になった。

◆「逃げ場」維持へ 相談員確保を 若者へのアプローチも課題

 英国発祥のいのちの電話が、埼玉で始まったのは1991年。東京に国内第1号が開設されてから20年がたち、バブル崩壊の足音が響くころだった。相談件数は97年以降、2万〜3万件で推移し、毎年15%ほどに「死にたい」という自殺傾向が読み取れる。
 リーマン・ショックや東日本大震災、コロナ禍。この30年間、社会不安は途切れることなく、自己責任の空気も広がった。内藤武事務局長(77)は「窮屈になってきた社会で、弱音を吐ける逃げ場所になってきたのが私たちの活動だった」と振り返る。
 次の30年に向け、課題は無償ボランティアである相談員の確保だ。現在は約250人態勢で、24時間の対応を何とか維持している。
 さらに、電話相談が少ない若者へのアプローチにも頭を悩ませる。会員制交流サイト(SNS)が主なコミュニケーション手段の世代だ。「小中高生の自殺が増える中、彼らが使い慣れたLINE(ライン)などSNSによるチャット相談も検討する必要がある」と内藤さんは話す。
<埼玉いのちの電話> 1991年に電話3台、一部の時間帯のみの対応でスタートし、97年から24時間受け付けに。現在はさいたま、川越両市に計7台ある。相談件数のピークは2013年の3万1000件。14年にはメール相談も始めた。新たな相談員の募集は12月からの予定。相談ダイヤルは048(645)4343。

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