奇跡の地図を作った男 カナダの測量探検家デイヴィッド・トンプソン 下山晃著

2021年9月26日 07時00分

◆忍苦と慈しみ胸に北米踏破
[評]海津正彦(翻訳家)

 十七〜十八世紀、英仏が植民地を経営し、産業革命が進行する中で、都市部に貧困層が多数出現する一方、富裕層の間に奢侈(しゃし)の風潮が広まり、毛皮需要が爆発した。北米やシベリアは、毛皮獣の猟場となり、英国は国策としてハドソン湾会社を設立し、北米大陸における利権の確保に乗り出した。
 本書は、大陸を西へ進んで太平洋を目指した英国の測量探検家トンプソンに関する力作評伝。彼はロンドンの貧民街に生まれ、頭脳明晰(めいせき)なため慈善学校に入学し、特進クラスに進んだ。ハドソン湾会社が測量と交易業務ができる優秀な人材を学校に求めて来たのは、彼が十四歳の時だった。七年間の年季奉公という条件でカナダに渡った。
 当時北米の大半は未開地で、先住民を手先に使った毛皮の罠(わな)猟は儲(もう)けが大きく、独立直後の合衆国のならず者、一獲千金を狙う各国の冒険家などが入り乱れて乱獲が続いていた。そんな中でトンプソンは、先住民とも真摯(しんし)に付き合いつつ、毛皮取引でも測量でも実績を積み上げた。
 所属先を新興の北西会社にかえ、二十九歳の時にメティス(先住民と白人の混血)のシャーロットと結婚すると、活動のギアを一段上げた。妻を伴って次々会社の施設を建設し、そこを拠点に毛皮取引を監督しつつ、測量と地図制作に邁進(まいしん)。ついにロッキー山脈越えのルートを発見して川筋を南下、太平洋岸の河口に到達した。測量と探検を終えると会社本部に帰還し、現役から引退した。
 仕事中に片眼を失い、片脚も不自由だった。それでも常に原地民に心を寄せて行動し、多忙と困難を乗り越えて蓄積した測量結果を二年かけてまとめ、「北西領域地図」(現カナダ国宝)を完成させた。責務に忠実で、忍苦と慈しみを湛(たた)えた姿はサムライを思い起こさせる。
 トンプソンがおこなった測量の密度を考えると、「世界一の地図制作者」とまで称(たた)えるのは評価が分かれるかもしれないが、これまでにない視点から北米史の一端を解き明かした一冊だ。
(大修館書店・2640円)
1954年生まれ。大阪商業大教授。奴隷制度史、米商業史を研究。『交易と心性』など。

◆もう1冊 

木村和男編、細川道久、吉田健正著『カナダ史』(山川出版社)

関連キーワード

PR情報