最悪の予感 パンデミックとの戦い マイケル・ルイス著

2021年9月26日 07時00分

◆名もなき英雄たちの画策
[評]仲俣暁生(文芸評論家)

 二〇一九年暮れに最初の感染者が確認されてから約二年を経ても、新型コロナウイルス感染症(Covid−19)は終息の兆しが見えない。とりわけ世界最大の感染国になってしまったアメリカは、いまもその対策に苦慮している。
 しかしアメリカ政府はかなり早い時期から感染症対策の国家戦略をもっていた。二〇〇五年、ジョージ・W・ブッシュ政権時に国土安全保障省にバイオディフェンス局が設けられ、パンデミック対策戦略が策定された。いまではよく知られる「ソーシャル・ディスタンス」の考え方も盛り込まれた戦略はCDC(疾病対策センター)に採用され、二〇〇九年の豚インフルエンザの際はことなきを得た。
 こうした二〇〇〇年代初めの状況を押さえた上で綴(つづ)られる本書は、この対策チームの中心人物だった二人の医師を中心に進むスリリングなノンフィクションだ。チーム解散後も連携をとりあっていた彼らは、七人の医師からなる非公式のグループを結成し、情報交換を続けていた。二〇二〇年春、新たなパンデミックがこの国に重大な危機をもたらす可能性に早くから気づいていたのも彼らだった。
 さらに本書では、カリフォルニア州の保健衛生官がヒロイン役を演じる。チャーチルの伝記を愛読する彼女はウイルスとの戦いに勝利を誓い、このグループに合流して具体的な感染症対策の計画立案を任される。その計画は、大統領にも届くはずだった――。
 リアルタイムで綴られるのは二〇二〇年春、つまりパンデミックの初期局面までだ。その後アメリカでは政権交代が起きたが、状況は劇的には改善していない。つまり本書は決して成功の物語ではないのだが、なぜ、コロナ禍のなかでベストセラーとなったのか。それは危機下に有効に機能しない官僚制に対し、ボトムアップな営みが称揚されているからではないか。「アマチュア疫学」「DIY研究室」「L6(低い階層の職員)」といった言葉に象徴されるじつにアメリカ的な「物語」だが、そこには普遍的な教訓も含まれているように思える。
(中山宥訳、早川書房・2310円)
1960年生まれ。米のノンフィクション作家。著書『マネー・ボール』など。 

◆もう1冊

ジョン・バリー著『グレート・インフルエンザ ウイルスに立ち向かった科学者たち』(上)(下)(ちくま文庫)。平澤正夫訳。

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