<カジュアル美術館>「Today」シリーズ 河原温(かわらおん) 東京都現代美術館

2021年9月26日 07時05分

《20 JUL.1985 「Today」(1966−2013)より》 1985年 アクリル・カンバス 45・9×61・2センチ いずれも東京都現代美術館蔵 ©One Million Years Foundation

 「何か特別な日なのかな?」。美術館で鑑賞者がつぶやく声が聞こえてきた。
 そう思うのも、もっともだ。描かれているのは、単色のダークグレーの背景に白抜きの年月日の文字のみ。一見、ポスターやカレンダーといった印刷物のようだ。なぜ、この日付なのか。記念日などを連想するのが自然だろう。
 しかし、河原温(かわらおん)(一九三二〜二〇一四年)の「Today」シリーズは、何事かがあった日を選んで描かれたものではない。日付を描くこと自体に意味を見いだした連作絵画で、デイト・ペインティングとも呼ばれる。

《NOV.21,1985 「Today」(1966−2013)より》 1985年 アクリル・カンバス 25.7×33.4センチ

 シンプルに見えるが、制作には作家本人が厳しいルールを課していたと考えられる。作品は「今日」のうちに完成させる、できなかった場合は破棄する▽日付は制作場所の公用語で描く、アルファベットを使わない日本などでは世界共通語のエスペラント語を使う−など。アクリル絵の具を使い、筆触の痕跡を残さないよう綿密に重層的に塗られていて、色も同じようで日によって微妙に異なるなど極めて丁寧に仕上げられている。
 作品には制作場所で発行された新聞の切り抜きも添付された。一九八五年十一月二十一日の作品に付けられたのは、レーガン米大統領とゴルバチョフ・ソ連共産党書記長の会談を伝える米紙ニューヨーク・タイムズの記事だ。社会が大きく変化する中でも、淡々と日付は更新される。止まることなく進み続ける時間の流れについて深く考えさせられずにはいられない。

《APR.8,1981 「Today」(1966−2013)より》 1981年 アクリル・カンバス 25.7×33.4センチ

 作品の造形よりも制作の契機となる概念を重視するコンセプチュアル・アートの代表的作家だった河原。愛知県刈谷市出身で県立刈谷高校を卒業後の一九五二年にデビュー。断片化された人体がタイル張りの空間に描かれ、戦後の閉塞(へいそく)感を感じさせる「浴室」シリーズなどで注目され、六四年から米ニューヨークに定住した。「Today」シリーズの制作は六六年に始まり、この頃から河原は表舞台から完全に姿を消し、匿名性を徹底した。
 29,771days−。公式の経歴はこの生存日数だけ。デイト・ペインティングは毎日描いたわけではなく、一枚もない日もあれば、複数枚ある日もあったが、彼の存在は作品によって証明されていたのだ。亡くなる前年までに約三千点が作られたが、もう新たな日付が描かれることはない。
 東京都現代美術館の水田有子学芸員は「コロナ禍などで足元を見失いそうな時こそ、この作品と向き合い、今という時間や個人の生死を超えた時間の流れにも思考を広げてみてほしい」と話す。
 「26 SEP.2021」。二度とない二〇二一年九月二十六日に何を描き、何を残すのかは、自分自身にかかっている。そんな気持ちにもさせてくれる作品だ。
◆みる 東京都現代美術館(東京都江東区)は、東京メトロ半蔵門線、都営地下鉄大江戸線清澄白河駅から徒歩9〜13分。問い合わせはハローダイヤル=電050(5541)8600=へ。「Today」シリーズは10月17日までの展覧会「MOTコレクション Journals 日々、記す」で展示中。開館時間は午前10時〜午後6時(展示室入室は5時半まで)。月曜休館。入館料は一般500円、大学生・専門学校生400円、高校生・65歳以上250円、中学生以下無料。
 文・清水祐樹
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