人権軽視の入管行政を問う 新刊『やさしい猫』 中島京子さんに聞く

2021年9月27日 07時20分

中央公論新社提供

 直木賞作家の中島京子さんが新刊『やさしい猫』(中央公論新社、2090円)を出した。不思議なタイトルとほんわかした表紙の絵とは裏腹に、テーマは日本の入管行政で迫害される外国人の問題だ。「もし自分の身近な人だったら」と引き寄せて考えるきっかけをくれる。中島さんに執筆の思いを聞いた。 (出田阿生)
 「とってもハードな問題なので、語り手が高校生の女の子なら、やわらかく読めるかしらと思って…」と中島さんは語る。語り手のマヤはシングルマザーの母ミユキさんと暮らす。母が年下のスリランカ人、「クマさん」と恋に落ちるところから物語は始まる。のっけに登場するのは「超甘い」ミルクティー。カップに練乳を入れ、濃い紅茶を注ぐ。これはマヤがクマさんから教わったスリランカ風の飲み方なのだ。
 やがて三人は家族として暮らし始める。だがクマさんは、勤め先からの一方的な解雇などが重なり、心ならずも「不法残留」に。東京入国管理局に出頭する途中で狙い撃ちのように逮捕される。監獄のような施設に収容されて心身を病むクマさんを救おうと、母娘は弁護士らと裁判を闘う−。
 …と書くと難しげだが、そこが中島さん流マジック。マヤの視点で語られるので、知識ゼロでも大丈夫。読者は家族の物語に泣いたり笑ったりしているうちに、いつの間にか日本社会の問題を考えている。
 本作は読売新聞の夕刊連載小説の単行本化だが、連載中から「この問題を初めて知った」「何か自分にできることはないか」などと大きな反響があったという。
 中島さんは「私自身も、こんな問題があるなんて長年知らなかった」と振り返る。二〇一七年に入管の収容施設でベトナム人男性が病死。死の直前に苦痛を訴え、無視されていたと知り、題材として意識し始めた。「友人の弁護士に連絡したら、彼女が弁護士や行政書士、元入管職員を集めて話を聞かせてくれた。聞けば聞くほど後に引けなくなって。みんなが知るべきことだなと思ったんです」
 現場を知る関係者に取材を重ね、エピソードを織り込んで作品にした。人を刑務所に入れるには司法手続きが必要なのに、入管は裁判なしで何年も身体を拘束すること、虐待の告発も絶えないこと−。名古屋の入管施設でスリランカ人女性のウィシュマさんが今春亡くなって注目を集めたが、こうした実態は長年続いてきた。
 子どものケースはさらに理不尽さが増す。物語でマヤが恋する少年は、両親が難民申請中のクルド人。出生を届け出た瞬間から、「非正規滞在」の「仮放免」という法的身分に。健康保険に入れず虫歯すら治せない、仕事に就くことが許されないので「将来の夢」は持てない…。それを知ったマヤは驚愕(きょうがく)する。日本で生まれ育ったのに、なぜ「国へ帰れ」といわれるの?
 中島さんは「安い労働力を必要としたバブル期は、ビザが切れても見逃す傾向があったと聞く。ところが不況や排外的な風潮が強まると犯罪者扱い。外国人技能実習生が逃げ出すと『法律違反』というが、原因は低賃金や虐待などの人権侵害。違法という前に、考えなければいけないのは人権ではないですか」と話す。
 コロナ対策ひとつとっても、人々の健康や命を大事にしているとは思えないような政治が続く。人権をないがしろにする入管行政と、それはどこかで通じている。本作を読むと、そんな社会を変えるのは私たちの人権への意識の持ち方なのだと気付かされる。
 「つらい話だからこそ、ユーモアや温かさを大切にしたかった」と中島さん。読んだ後は、優しい気持ちでいっぱいになる。

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