東京パラリンピック閉会式で演奏の裏話は? 脳性まひのバイオリニスト・小田原の式町水晶さん

2021年9月28日 07時10分

パラリンピック閉会式に出演した式町さん

 東京パラリンピックの閉会式に出演した、小田原市に住む脳性まひのバイオリニスト式町水晶(みずき)さん(24)が本紙の取材に応じ「奇跡が重なってパラリンピックに携われ、感謝を込めて演奏した。人生の転機になった」と振り返った。手足のまひで挫折と奮起を繰り返してきたが、「もっと頑張る決意が閉会式の演奏で固まった」と話す。(西岡聖雄)
 式町さんは閉会式で、最後に流れたルイ・アームストロングの名曲「この素晴らしき世界」など二曲でバイオリンを弾いた。さまざまな障害がある音楽家、ダンサー、選手らと飾るフィナーレ。すべての違いが尊重され、多様に輝く地球への願いを旋律に乗せた。「選手の笑顔はみんなすてきだった」と述懐する。
 出演依頼は七月末。今年知り合った関係者から閉会式の演出家に式町さんの情報が伝わり、土壇場でキャスト入り。「えっ、一カ月半後の閉会式ですか」と突然の朗報に驚いたという。
 生後間もなく、両親が離婚。小脳が小さい脳性まひで筋肉がこわばる症状のリハビリのため、四歳でバイオリンを始めた。運動機能障害により、中学卒業まで車いす生活だった。視野が狭まる目の病気も抱え、失明リスクを一生背負う。
 だが宿命に反抗し、医者の反対を押し切って高校から車いすをやめた。体を鍛えて筋肉をつけ、二十一歳でプロデビューを果たす。
 「何でこんな体に産んだんだ」と母啓子さん(51)を責め、母子で泣き崩れた日のこと、いじめや不登校の体験、家や家族を失った東日本大震災の被災者が慰問演奏した自分の体を逆に心配してくれたこと…。リハーサル中は過去の出来事を次々に思い出し、涙をこらえるのが大変だったという。「いじめや障害がなければここまで頑張れただろうかと思い、つらかった体験に初めて感謝できた。感極まり涙があふれそうになった」と明かす。
 閉会後の会場で、マネジャーでもある啓子さんに「お母ちゃん、演奏できたよ」と告げると、せきを切ったように号泣したという。
 筋トレで舞台に立てる体になったものの、弦楽器奏者に影響の大きいまひは残る。「手がしびれる時の演奏はきつく、ここが限界かと思うこともある。でも選手のすてきな頑張りを見ると、そんなこと言ってられない。あきらめない。もっと頑張る決意が閉会式の演奏で固まった」と話す。
 今後は演奏に加え、小中学生に体験を語る活動や、音楽プロデューサーを目指した勉強もしていく。
 ステージ2の子宮体がんを患っていた啓子さんは、「半年前の検査でがん細胞が自然消滅していた。よく笑うのが奏功したのかも」とにっこり。苦難の度に泣き、笑いながら二人三脚で立ち上がってきた。聖火が消えた後も、夢を照らす闘志の炎は燃え盛っている。
 ◇ 
 式町さんは東京大会後、自身がモデルとなり、漫画雑誌「BE・LOVE」に連載された「水晶(すいしょう)の響(ひびき)」の単行本(全四巻、講談社)を全小田原市立小中学校に寄贈。各中学校には啓子さんの著書「脳性まひのヴァイオリニストを育てて〜母子で奏でた希望の音色」(主婦と生活社)も贈った。

寄贈した漫画の単行本を持つ式町さん(右)と著書を持つ啓子さん =いずれも小田原市で

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