ルポライター・中村安希さんはなぜ今お茶刈りに汗を流すのか 氷河期世代の憂鬱とジャーナリズムの現実

2021年9月28日 07時51分

<豊田雄二郎・論説委員が聞く>

 二〇〇九年に「開高健ノンフィクション賞」を受賞したルポライター中村安希さんは、新聞記者としてずっと気になる存在だった。その取材や筆致のセンスに敬服したからだ。五年前、「ジャーナリズムを学ぶ」と香港に渡った彼女は今、滋賀県周辺でシカの解体やお茶刈りに汗を流す日々という。何が起きたのか。対談の出発点だった。

<就職氷河期世代> 1993〜2004年ごろに高校や大学などを卒業した世代。バブル崩壊後の1990年代初め以降、企業は人件費を抑えるため、新卒採用を極端に減らした。国も派遣労働の対象業務拡大など規制緩和を進め、非正規雇用は大幅に増えた。国は支援策を打ち出しているが、対策を講じるべき政治や経済界が「本人の自己責任」で片付けてきたとの批判は根強い。

 豊田 受賞作『インパラの朝』は一貫して庶民のつましい暮らしに寄り添っている。バックパッカーとしてアジア、中近東、アフリカ四十七カ国への旅を二年近く続け、なかなか富がしたたり落ちてはこない途上国や庶民の現実、格差の問題を冷静にルポしている。
 中村 米留学中に米中枢同時テロに遭遇し、西側以外の世界を知りたいと思い、旅をしました。格差の問題はその後の作品にも通底しますが、時間とともに捉え方は随分変わりました。かつての格差や貧困はすなわち「南北問題」でしたが、今は国内を含め、どこにでもある身近な問題になりました。
 豊田 一一年に出版した『Beフラット』では政権交代直後の民主党を中心に若手政治家を題材にした。中学時代の学級崩壊や派遣社員歴など自分の人生を顧みつつ、政治家の言葉の薄っぺらさに悲観している。
 中村 実名を挙げられなかった大半の人は書くことがなさすぎて。でも、結果として主に取り上げた民主党の小川淳也さんや、みんなの党の山内康一さんが主張した勤め方や家族形態に左右されない個人単位の年金や医療保険など「フラットな社会保障制度・労働市場」が実現していたらと思います。
 民主もみんなも権力闘争で自滅してしまいましたし、政治的にはもう手遅れだと感じています。私は就職氷河期世代なのですが、あれからの十年がこの世代を拾い上げる最後のチャンスだったのかもしれません。
 豊田 「権力闘争こそ政治」なんでしょうけど。その後の安倍・菅政権下で非正規労働者は全体の四割に増え、格差は拡大していると思います。一六年出版の『N女の研究』では生きがいを求め、大企業からNPOに転身する女性を追った。中村さん自身もこのルポ後、香港に留学しましたね。
 中村 香港大大学院でジャーナリズムをちゃんと学ぼうと思いました。米大統領選のころで、ワシントン・ポストやニューヨーク・タイムズの記者だった教授たちは「トランプなんかあり得ない」という論調で授業を進め、トランプ支持者を「無教養な田舎者」と平気でバカにした。その選挙結果から、米国のラストベルト(さびついた工業地帯)の怒りというか、ジャーナリストを含めた都市部のエリート層と隔絶した社会の存在を痛感しました。
 学生たちも、中国大陸から来ている子の多くは共産党員の子弟などエリート。彼らは「社会の声なき声を拾い上げたい。権力を監視し、ペンを持って権力と戦いたい」と言いますが、「自分たちも権力の一部なのでは」とは考えません。有名大学に通って大手マスコミに入るような人にとって、権力は身近であり、知らぬ間にその一部になっていても気づかない。エリート集団たちによる世界。それが私が香港で学ぼうとしたジャーナリズムの現実でした。
 豊田 私はバブル世代です。入社以来、ひたすら人と会い、自らの経験や喜怒哀楽に照らして三十年、記事を書いてきました。いわゆる組織ジャーナリズムのなかで、知らず知らず感覚が市民社会と離れそうになったり、権力の側に引き寄せられそうになったりする側面も否定はできませんが、筆をゆがめるようなことはなかったつもりです。
 中村 私は逆に、読者の属性を意識せざるを得ないというか、筆をゆがめて生き延びてきました。LGBT(性的少数者)を扱った『リオとタケル』という作品は、都市部の意識の高いリベラル層に届きやすいテーマ選びでした。LGBTの葛藤には気づけても、ラストベルトの怒りには気づけない。そういう認知のゆがみが私にはあったし、今もあると思います。
 豊田 四年前に帰国した後、本格的な取材活動をしていませんよね。政治やジャーナリズムへの失望が根底にあるようにも聞こえます。新型コロナ禍の格差とか、今こそ、大手メディアにできない手法や目線で「もう一つの世界」を描いてほしい。
 中村 最近は地域の害獣駆除や農業、里山の間伐作業の手伝いなど、都市部のエリートとは違う社会を実体験しています。住み込みのお茶刈りのバイトは時給千〜千二百円。間伐もガソリン代程度です。キツい肉体労働だし、これを続けても安定的な暮らしは手に入りません。でも、生き方や考え方を工夫することで、ただ貧乏で惨めなだけではない何かを、人生で手にすることは可能かもしれないと思うようになりました。
 氷河期世代には「秋葉原通り魔事件」や「京都アニメーション放火殺人事件」の犯人もいます。許しがたい犯罪ですが、「しんどい人生だっただろう」と同情もします。人ごととは思えない自分がいます。国際社会や国家、天下の取材より、もっと身近なこと、考え方、価値観、ライフスタイルのあり方などを捉え直すことで、少しでも痛みを減らして人生の終わりまで持っていけないかと考えています。ただ、切り崩せる貯金がなくなったら、どうするかは、そのときにならないと分かりません。
 豊田 一定の蓄えがあって、今の暮らしができている。貯金を使い果たしたら、取材の第一線に戻るとか(笑)。
 中村 いや、取材の方がもっとお金がかかる(笑)。取材費は自腹だし、一人で調べ、一人で取材し、一人でファクトチェックして。お茶を刈っている方が暮らしは楽です。蓄えのことで言えば、私には生活力があります。肉体労働ができる体力、仕事につながるネットワークやコミュニケーション力、学んだ知識もあります。そうした資産がなかったら、状況を相対化して考える余裕もないまま、目の前の問題に取り込まれてしまうかもしれません。政府が示す「標準的な人生モデル」からは逸脱しても、そもそも標準を目指さなければ、もっと楽に生きられるのかもしれません。
 豊田 ネット時代に新聞離れは止まりませんが、私は新聞が生き残る道はあると信じます。地方で二度、デスクを経験しましたが、組織ジャーナリズムの強みもあります。新卒でも三年あれば、それなりの記者に育て上げられると思います。
 中村 率直に言ってうらやましいです。私はジャーナリストとしての力を手に入れたくて、わざわざ仕事を中断して大学院に行きましたけど、求めていたものは手に入りませんでした。エリートに否定的なことも言いましたが、権力に対峙(たいじ)しようと思ったら、対抗できるだけの知力や視野、ネットワークを必要とします。大手メディアの実力ある人材が組織力や資金力、人脈を使って権力に対抗してくれたら。経験や実力を培った記者が独立し、NPOなどで活動する手もあると思います。

<なかむら・あき> 1979年生まれ、三重県出身。津高校を卒業した98年に渡米。米カリフォルニア大アーバイン校卒。著書に文中4作のほか、宗教や政治に翻弄(ほんろう)される豚の謎を追う『愛と憎しみの豚』、北インドの秘境に至高の星空を求める『ラダックの星』、世界各地で庶民の食卓を囲んだ『食べる。』『もてなしとごちそう』がある。


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