【詳報・第1回】88歳の男性死亡時「担当の久保木被告は、慌てて何かする様子なく…」 点滴連続中毒死事件

2021年10月1日 19時00分
 横浜市の旧大口病院(現横浜はじめ病院・休診中)で2016年に起きた点滴連続中毒死事件で、入院患者3人の点滴に消毒液を混入し、殺害した罪などに問われた元看護師久保木愛弓被告(34)の裁判員裁判の初公判が1日、横浜地裁(家令和典裁判長)で開かれる。病院では2016年7月から事件発覚の同年9月までに48人の入院患者が死亡し、被告は捜査段階では「2~3カ月前からやった」と供述したとされる。病院で多くの患者が亡くなったことに久保木被告はどこまで関わったのか。裁判の模様を速報する。

久保木愛弓被告

 旧大口病院の点滴連続中毒死事件 起訴状によると、久保木被告は2016年9月15~19日ごろ、いずれも入院患者の興津朝江さん=当時(78)=と西川惣蔵さん=同(88)、八巻信雄さん=同(88)=の点滴に消毒液を混入して同16~20日ごろに殺害し、さらに殺害目的で同18~19日ごろ、点滴袋5個に消毒液を入れたとされる。

10:30 傍聴券は倍率26倍

 台風16号による荒天の中、横浜地裁には傍聴券を求めて行列ができた。地裁によると、傍聴席14席に対して、整理券は371枚が配られ、倍率は26.5倍となった。抽選に外れた人からは「これだけしか席がないの?」とため息がもれた。
 整理券を求めた中には、医療関係者の姿も。特別養護老人ホームでヘルパー経験のある女性(61)は「自分も楽ではなかったから。(被告も)毎日、大勢を見て、大変だっただろうなと。どうして命を奪ったのか。1人、2人じゃなく。それを聞きたい」と語った。

11:02 裁判始まる

 久保木被告は、白のブラウスにグレーのジャケットとスカート姿で公判に臨んだ。縁の細いメガネをかけ、髪の毛は後ろで一つにまとめ、両手を膝の上に置いてじっと前を見つめていた。公判が始まるとゆっくりと歩いて証言台に座った。
 裁判長が人定質問で、名前や住所を尋ねると「はい」と答え、マスクを両手で外し裁判員に顔を見せた。
 裁判長が起訴状の内容に聞くと、「すべて間違いありません」と静かながらも、はっきりとした口調で起訴事実を認めた。久保木被告の弁護人は「事実自体は争いません。責任能力は争います。統合失調症の影響で、心神耗弱の状態にありました」と述べ、減軽を求めた。

11:10 別の病院で「家族に責められた」

久保木愛弓被告の初公判が開かれた101号法廷(代表撮影)


 検察側の冒頭陳述が始まった。
 事件の概要は、看護師だった被告は2016(平成28)年9月大口病院で3人の患者の点滴に消毒液を入れた殺人と、4人の点滴バックに消毒液を入れた殺人予備となる。検察側は「事実関係に争いはなく、争点となっていません。争点は事件当時の責任能力がどの程度で、量刑をどのくらいにするのかの2点です」と指摘した。
 さらに、被害者と被告の関係を説明した。久保木被告は、高校卒業後、看護師になるため看護専門学校を卒業。2007年4月正看護師免許を取得し看護師になった。その後複数の病院で勤務し、15年5月に大口病院で勤務を始めた。家族構成は両親と弟、被告は独身で事件当時は一人暮らしをしていた。
 大口病院では3病棟と呼ばれる4階の病棟で勤務。3病棟では主に終末期の患者を受け入れていた。3病床には401、402号室の個室と405号室以下5部屋の大部屋があり、ナースステーションと汚物室があった。
 第一事件は興津さん、16年9月13日から410号室に入院。興津さんは整形外科患者で終末期患者ではなかった。第二事件は西川さん、16年9月13日401号室に入院、慢性腎不全を患っていた。第三は八巻さん、16年9月14日から406号室に入院していた。
 久保木被告は事件前、別の病院で勤務中に患者の容態が悪化した際に戸惑い、患者の家族から責められたことがあった。
 16年4月ごろ、大口病院で家族が医師と別の看護師を責めているところに遭遇し、自分の勤務時間中に患者が死亡した場合に同様に責められるのではないかと不安がよぎった。16年7月ごろ、自分の勤務時間外に患者を殺そうと、入院患者に投与予定の点滴バッグに注射器で消毒液「ヂアミトール」を注入するようになりました。
 16年9月には夜勤中にナースステーションでヂアミトールを持っているところを別の看護師に発見されたこともあったという。

11:20 「けがしたら自分の責任になる」

 検察側の陳述が続く。久保木被告は2016年9月15日午前7時45分、日勤として出勤。興津さんの担当としてラウンド業務についた。ラウンド業務とは看護師が担当者を見回り、脈拍や血圧を測る。
 興津さんは終末期ではなく整形外科で、この日無断外出しようとして被告が連れ戻すことがあった。これをきっかけに、興津さんが再び無断外出してけがをすれば自分の責任になるとして、勤務日の前に殺害しようと決意。9月15日または16日に投与される点滴バッグにヂアミトールを混入した。
 16日午前10時までの間に、混入を知らないほかの看護師が興津さんに静脈から点滴を行った。午前11時に容態が急変、急性呼吸不全となった。中毒が発覚したのは、ほかの事件のあとで、この時点では病死だった。
▶次ページ 第2事件「日勤看護師がいる間に死亡すれば…」
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