<変えられた人生 熱海土石流から3カ月>(上)犠牲、意味あるもの 怒りと使命感 「被害者の会」会長

2021年10月2日 07時13分

土石流で母親を亡くした瀬下雄史さん。発生から3カ月を前に「被害者の会」会長になった心境を話した=千葉県内で

 「家族の死を、少しでも意味のあるものにしないといけない」
 瀬下雄史さん(53)=千葉県=は、熱海市伊豆山(いずさん)の土石流災害で母陽子さん=当時(77)=を亡くした悲しみが残る中、決意した。遺族らでつくる「被害者の会」の会長に就任。悲劇を繰り返さないとの強い使命感で活動を続けている。
 眼下のミカン畑、遠方に広がる青い海。相模灘に浮かび県内で唯一の有人島の初島も望め、花火大会も観賞できた。両親が約二十年前、横浜市から移住した伊豆山の自宅からの自慢の眺めだった。瀬下さんも月に一度は訪れていた。
 七月三日の土石流はそんな平穏を奪った。徐々に日常を取り戻しつつある一方、「悲しみはいえない。もっと親孝行したかった」。
 八月には病気で入院していた父親も他界。陽子さんの身に起きたことは「仲が良かっただけに伝えても悲しみ、苦しむだけ」と最後まで伝えなかった。

土石流で倒壊した瀬下雄史さんの両親の自宅=熱海市伊豆山で(瀬下さん提供)

 土石流は起点付近で違法に造成された盛り土が被害を甚大化させたとされる。瀬下さんや両親は盛り土の存在を知らなかった。だが、住民の話を聞いたり、調べたりする中で、自然災害ではなく「人災」と確信。七月中には「(盛り土の造成業者らと)戦う」と決めた。八月に被害者の会が発足し、会長を引き受けた。
 当初は「怒り」を原動力に進んできた。だが、違法な盛り土が熱海に限らず全国の問題と分かり「同様の被害を、絶対に繰り返してはいけない」との思いが強まった。会員は遺族を含め約六十人が集まった。
 盛り土被害のない世の中を実現するためには「加害者を厳罰に処して、前例をつくることがまずは大事」と主張。他の被災者らとともに、盛り土を造成した業者らを相手取った刑事告訴や損害賠償請求訴訟に動いた。「将来的には、盛り土を巡る制度の見直しや整備につながる影響を与えられたら」と目標を掲げる。
 盛り土の危険性を認識しながら防げなかった行政への怒りもある。「法整備が不完全だったかもしれないが、人の命に関わること。(業者には)毅然(きぜん)とした態度を取るべきだった。怠慢、過失だ」と語気を強める。県や市が隠さずに全てを明らかにすれば、できれば、行政訴訟はしたくない。だが、今後、公になる過去の行政の対応や会員の意見などを踏まえながら「最後まで見極める」という。
 復旧復興の段階に徐々に移行する被災地。報道で偶然、家屋などの撤去作業が進む様子をとらえた写真に目がとまった。両親が住んでいた自宅の大黒柱が写っていた。瀬下さんの娘が登って遊び、両親をひやひやさせた柱だった。
 土石流によって押し流された一つ一つの思い出は、「がれき」のひと言で片付けられるものではない。
 ◇ 
 二十六人が亡くなり、今も一人が行方不明となっている土石流災害は三日、発生から三カ月を迎える。突然、人生を大きく変えられた人たちの姿を追い、被災者や家族の今を伝える。
<熱海市伊豆山の土石流災害> 7月3日午前10時半ごろ発生。起点部から約2キロ先の伊豆山港にまで到達した。26人が亡くなり、依然として1人が行方不明となっている。市によると、住宅など建物は136棟が被害を受け、54棟が流失した。起点部の盛り土が被害を甚大化させたとされ、遺族らが盛り土のあった土地の現旧所有者らに対し、刑事告訴や損害賠償を求めて提訴している。

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