海獣学者、クジラを解剖する。 海の哺乳類の死体が教えてくれること 田島木綿子(ゆうこ)著

2021年10月3日 07時00分

◆海の「検死官」のハードワーク
[評]内澤旬子(文筆家・イラストレーター)

 二十年近く前、名護博物館で沖縄近海に生息する鯨類の骨格標本展示を見た。クジラの中では小さめなのかもしれないけれど、天井から吊(つ)り下げられた骨の大きさに度肝を抜かれた。
 水族館や動物園で野生動物たちの姿を遠目に見るよりも、骨や剥製を至近距離で眺めるほうがその動物の真に迫れるように思えるのは私だけだろうか。
 本書の著者は国立科学博物館の海獣学者。全国の海岸に打ち上げられる(ストランディング)クジラなど海獣類の解剖を重ね、死因や生前の行動を探り、骨格標本や剥製を作成。その手順や様子が具体的にわかりやすく記されている。
 評者は極小ながら猪や鹿の解体処理場を営み、交通事故死したタヌキの毛皮を剥ぐこともあるので、解体の手順や腐敗の臭気やスピードなど、獣種や大きさは違えど多少は見当がつくつもりだった。が、想像をはるかに超えるスケールの難事業だった。
 まず引き取り場所が遠い。日本全国どこでも声がかかれば駆け付ける。まさか北海道や沖縄まで出向いているとは。段取りや予算をつけて道具とともに移動し、死体横たわる浜に立つ頃には、関東圏でないかぎり、最短でも一日はかかる。その間に野ざらしの死体は腐敗が進んでいく。
 皮を掴(つか)んで引っ張りながら裂け目にナイフを入れて剥(む)いていく方法は、基本的には陸の哺乳類と変わらない。
 けれども海の哺乳類の脂肪の分厚さでは、手では無理。鉤(かぎ)付きの器具を引っかけ左右数人がかりで引っぱったり、時には重機を使うという。
 強烈な腐敗臭にもひるまずに解体解剖を進めていく様子は相当ハードなはずなのにとても楽しそうで、読んでいてワクワクしてしまう。著者がクジラと解剖をこよなく愛していることがわかるからだ。
 驚いたのはストランディングするクジラの多さ。ほぼ毎日のように日本のどこかで浅瀬に迷い込み、自重で自由を失い沖に戻れなくなる。気候変動のせいか、海洋ゴミが関係するのか。海の検死官たちが一刻も早く謎を解明できるよう、応援したくなる一冊。
(山と渓谷社・1870円)
国立科学博物館動物研究部研究員。獣医。『海棲哺乳類大全』などを監修。

◆もう1冊 

市原基 写真・文『鯨を捕る』(偕成社)

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