泉 麻人 東京深聞《東京近郊 気まぐれ電鉄》瑞穂町 箱根ヶ崎からトトロの丘へ(前編)
2021年10月13日 10時00分
コラムニストの泉麻人さんとイラストレーターのなかむらるみさんが、電車に乗って東京近郊の街を旅する「散歩エッセー」です。
瑞穂町 箱根ヶ崎からトトロの丘へ(前編)
多摩湖や狭山湖の西に瑞穂町という「町」がある。この「町」は神保町のような区内の町ではなく、市町村レベルでいうところの「町」だ。多摩のもっと奥の方には日の出町、奥多摩町、檜原村といった“西多摩郡”の名を残した町村が存在するけれど、そういう「町」としては瑞穂町が最も都心に近い。
そんな瑞穂町唯一の鉄道駅である八高線の箱根ヶ崎が今回めざす駅だ。まぁ都心の方から行く場合はJRの中央線か西武新宿線を使うのがふつうだろうけれど、ちょっと気分を変えて、新宿から八王子まで中央本線の特急あずさで行くことにした。午前9時発の「あずさ9号」。
と、書いたところで僕を含めて50代以上くらいの読者は狩人 が歌った77年の大ヒット曲「あずさ2号」のことを思い浮かべることだろう。あの時代に“8時ちょうどのあずさ2号”と歌われた新宿発のあずさ特急はいまはなく、8時ジャストに出発するのは「あずさ5号」になっている(ダイヤについて書きはじめると紙幅がなくなってしまうので、あずさ2号問題はこのくらいにしておく)。
列車は狩人の頃の“赤とベージュツートンの旧こだま型”なんかとは大きく異なったE353系というハイテクなやつで、座席にはモバイル用のコンセントなどがあたり前のように備えられている。大久保・東中野・中野……ルートは在来の中央線と同じだが、こういう列車のクロスシートに座ると、いつもよりじっくりと車窓の景色を眺めたいという気分になる。高円寺を過ぎたあたりで前方に多摩秩父山系の山稜がぼんやりながら見えはじめ、武蔵小金井の近辺からは文字通り武蔵野らしい森林が宅地の間に目につくようになった。山の輪郭もかなりハッキリしてきた。
列車は狩人の頃の“赤とベージュツートンの旧こだま型”なんかとは大きく異なったE353系というハイテクなやつで、座席にはモバイル用のコンセントなどがあたり前のように備えられている。大久保・東中野・中野……ルートは在来の中央線と同じだが、こういう列車のクロスシートに座ると、いつもよりじっくりと車窓の景色を眺めたいという気分になる。高円寺を過ぎたあたりで前方に多摩秩父山系の山稜がぼんやりながら見えはじめ、武蔵小金井の近辺からは文字通り武蔵野らしい森林が宅地の間に目につくようになった。山の輪郭もかなりハッキリしてきた。
ところで、通路の向こう側の席には70代見当のシニア夫婦が仲良く座っている。夫がスポーツ新聞を開きながら語りはじめた競馬のウンチクに、隣の妻がフンフン、へーそうなの…と相槌を入れながら聞きいっている。小型のトランクを携えているから、蓼科あたりの高原か、松本から安曇野あたりまで足を延ばすのか。いい感じの小旅行のシーンが想像される。
1つ目の停車駅の立川を過ぎて、多摩川を渡ると、あっという間に八王子に着いた。
乗りつぐ八高線の発車時刻まで30分くらいあるので、ちょっと八王子の市街へ出た。駅前(北口)の「くまざわ書店」は明治時代にここ八王子で創業した地場の本屋。甲州街道には2階建の古い商店もぽつぽつと残っているが、横道にローランド(ホスト&タレント)氏の金色胸像を置いたミュージアムなんていうのもあって、おもわずカメラを向けた。
乗りつぐ八高線の発車時刻まで30分くらいあるので、ちょっと八王子の市街へ出た。駅前(北口)の「くまざわ書店」は明治時代にここ八王子で創業した地場の本屋。甲州街道には2階建の古い商店もぽつぽつと残っているが、横道にローランド(ホスト&タレント)氏の金色胸像を置いたミュージアムなんていうのもあって、おもわずカメラを向けた。
八高線は僕が中学生になる頃までSLの貨物列車が走る、のどかなローカル線だった。今も30分に1本のダイヤだから、充分ローカル線ムードではあるけれど、電車はアルミ銀にオレンジと黄緑のラインが入った首都圏在来線型である。北八王子、小宮、拝島、と駅の間隔も長く、「この辺にそのうち南昭島なんてのができるんじゃないかな?」などと新駅を想像する楽しみもある。東福生の先からは左にAFN放送や米軍ハウス、右に飛行場が垣間見える横田基地の景色が続き、それが途絶えると箱根ヶ崎の駅だ。
最近は西口も整備されたが、昔からの東口の方へ出て、横田の方からくる東京環状道路を北進すると、残堀川に架かる橋の左手に狭山池公園がある。ここ、以前1度立ち寄ったことがあるのだが、入り口になかなかインパクトのある石像が置かれている。裸体に大蛇をぐるりと巻きつけたその男の名は蛇喰い次右衛門。この池に棲みついた大蛇(はじめは小さな蛇だったという)を退治した伝説の人物らしく、いま「
駅の方へもどると、東京環状より1本東の日光街道が青梅街道と交差するあたりが、そもそもの箱根ヶ崎の中心地で、角に<創業明治五年 漢方の會田 >と看板を掲げた古い木造家屋の薬屋がある。
昔ながらのオモチャ屋や洋品店(店頭にちょっと妙なポロ のシャツが出ていた)を横目に青梅街道を少し東進、横道に入ると、年季の入った蔵を脇に置いた、「さしだ家」という民家調のソバ屋がある。
さて、ここで腹ごしらえをしていくことにしよう。(つづく)
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続き(後編)は、10月27日(水)更新予定です。
お楽しみに。
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◇泉麻人(コラムニスト)
1956年東京生まれ。慶応義塾大学商学部卒業後、編集者を経てコラムニストとして活動。東京に関する著作を多く著わす。近著に『夏の迷い子』(中央公論新社)、『大東京23区散歩』(講談社)、『東京 いつもの喫茶店』(平凡社)、『1964 前の東京オリンピックのころを回想してみた。』(三賢社)、『冗談音楽の怪人・三木鶏郎』(新潮新書)、『東京いつもの喫茶店』(平凡社)、『大東京のらりくらりバス遊覧』(東京新聞)などがある。『大東京のらりくらりバス遊覧』の続編単行本が2021年2月下旬、東京新聞より発売された。
1956年東京生まれ。慶応義塾大学商学部卒業後、編集者を経てコラムニストとして活動。東京に関する著作を多く著わす。近著に『夏の迷い子』(中央公論新社)、『大東京23区散歩』(講談社)、『東京 いつもの喫茶店』(平凡社)、『1964 前の東京オリンピックのころを回想してみた。』(三賢社)、『冗談音楽の怪人・三木鶏郎』(新潮新書)、『東京いつもの喫茶店』(平凡社)、『大東京のらりくらりバス遊覧』(東京新聞)などがある。『大東京のらりくらりバス遊覧』の続編単行本が2021年2月下旬、東京新聞より発売された。
◇なかむらるみ(イラストレーター)
1980年東京都新宿区生まれ。武蔵野美術大学デザイン情報学科卒。著書に『おじさん図鑑』(小学館)、『おじさん追跡日記』(文藝春秋)がある。
https://tsumamu.tumblr.com/
泉麻人 著 なかむらるみ 絵
定価1,540円(10%税込)
四六判 並製 214ページ(オールカラー)
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四六判 並製 214ページ(オールカラー)
あの路線のあのツウなスポットをバスで探索する、ちょっとオツなバス旅エッセー待望の第2弾!“バス乗り”を自認する泉麻人さんが、人間観察の達人・なかむらるみさんを相棒に路線バスで東京あたりを探索。訪れたのは、有名どころから「東京にこんなところがあるの?」という場所、読むとお腹がすきそうな美味しい店や、完全に泉氏の趣味な虫捕りスポットなど盛りだくさん。面白い名前のバス停もしっかりチェックしています。
日々進化を遂げる東京(とその周辺)のバス旅、あなたも楽しんでみてはいかがでしょう。
第2弾『続 大東京のらりくらりバス遊覧』書籍の⇒ご紹介はこちらから
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