週のはじめに考える メルケル政治の決算は

2021年10月3日 07時11分
 ドイツ連邦議会(下院)の選挙が実施されました。中道左派、社会民主党が、保守、キリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)をわずかにリードしましたが、まだ、どちらの勢力が主導権を握るかは定まらず、連立政権の形が決まるのは、なお先のことになりそうです。しかし、一つ、はっきりしていることがあります。十六年間にわたったメルケル首相の政治が終焉(しゅうえん)を迎えることです。
 メルケル政治とは、どういうものだったのでしょうか。

◆強まったリベラル色

 メルケル氏は、保守、CDU出身。頑固と評される人柄ですが、数々の危機を乗り切る中で、リベラル色を強めていきました。
 特に印象的だったのは、脱原発の決断です。二〇〇五年に首相に就任したメルケル氏は当初、シュレーダー前政権が掲げた脱原発を転換、原発の延命を図ろうとしていました。
 しかし、一一年三月の東京電力福島第一原発事故を目の当たりにし、二二年末までに全ての原発を閉鎖することを決めました。それまでの原発推進の判断の誤りを認めた、潔い決断でした。
 チェルノブイリ原発事故による国土汚染への恐怖が残るドイツ国民もおおむね脱原発を支持しました。メルケル氏は世論の動向を読むのにも、たけていたのです。
 もう一つ、国際的な反響を呼んだのは一五年、シリアなどから押し寄せた難民の、上限なしの受け入れでした。難民らはメルケル氏を「母」と慕って、ともに写真を撮り、世界は寛容政策の人道主義をたたえました。脱原発と同様、理念や理想が先に立った政策でした。
 ドイツに殺到した難民は約九十万人。受け入れ現場は悲鳴を上げ、難民によるテロや暴行事件も相次いだことから、国内では一転非難の声が強まり、メルケル氏の人気は急低下、難民排斥を掲げる極右政党が台頭しました。理念先行が社会の分断を招いたのです。
 メルケル氏をさらに追い詰めたのが、トランプ米大統領の登場です。それまでの米国の価値観を覆す言動を繰り返す米大統領にも臆さず、民主主義や自由こそが米国とのパートナーシップの基盤だと強調する一方で、米国依存からの脱却も模索しました。
 弱り目にたたり目のメルケル氏をよみがえらせたのがコロナ禍です。危機に真価を見せたのです。
 コロナ禍の深刻さを早くから認識し、医療体制を整備してPCR検査の範囲を積極的に広げ、第一波の被害を抑え込みました。
 感染拡大後は厳しいロックダウン(都市封鎖)を実施。際立ったのが、ことあるごとにメルケル氏が発した言葉の力です。
 二〇年三月には異例のテレビ演説を行い「第二次世界大戦以来、社会の結束がここまで試された試練はありませんでした」と危機感を強調。自らの東ドイツ時代の体験を振り返りながら「渡航や移動の自由が苦難の末、勝ち取られた権利であるという経験をしてきた私のような人間にとって、制約は絶対的な必要性がなければ正当化し得ないものなのです」と、ロックダウンへの協力を訴えました。

◆心を打った言葉の力

 多くの国民が心を打たれ、メルケル氏の言葉に従いました。
 難民危機、コロナ禍など激動にも見舞われましたが、メルケル氏は指導力を発揮し、社会を安定に導いたと評価していいでしょう。
 最近の世論調査でも四分の三がメルケル氏を評価していました。
 ただ、メルケル時代の課題も残っています。ロシア、中国とは経済関係を重視してきましたが、行き詰まりを見せています。
 天然ガスを輸入するためロシアと結んだパイプライン計画に対して米国は、エネルギー安全保障の面などから問題視してきました。
 軍事大国化と人権侵害が目立つ中国には、インド太平洋指針を策定し日本などとの安保協力を緊密にするなど、警戒感を強める方向へとかじを切りつつあります。
 首相の座争いの軸となる社民党のショルツ氏は現大連立政権の副首相兼財務相、ラシェット氏は保守、CDUの所属。両候補ともメルケル氏の政治的遺伝子を継いでいるといえそうです。
 前回一七年の総選挙後、政権発足までには、半年がかかりました。新政権樹立に向けての連立交渉にはまだ時間がかかりそうです。それまではメルケル政治が続きます。どうフィナーレを飾り、次の政権に引き継いでいくのか、注目したいと思います。

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