<変えられた人生 熱海土石流から3カ月>(中)今後の生活に不安 「みなし仮設」へ入居 太田滋さん

2021年10月3日 07時53分

引っ越し先の賃貸住宅(みなし仮設住宅)で新生活への不安などを語る太田滋さん=神奈川県湯河原町で

 テレビやテーブル、冷蔵庫など、支援を受けてそろえた真新しい家具や家電が室内に並ぶ。部屋の片隅には、これから片付ける段ボール箱などの荷物が置かれていた。
 熱海市伊豆山(いずさん)の土石流災害で被災した太田滋さん(65)は九月末、生活再建に向け、新たな住まいとなる神奈川県湯河原町の民間賃貸住宅への引っ越し作業に追われていた。県が用意した応急的な「みなし仮設」住宅で、この日は段ボール箱七、八箱を運び入れた。
 妻と子どもの家族四人で暮らしていた伊豆山の自宅二棟は全壊。約三カ月を避難先のホテルで過ごしてきた。生まれ育った伊豆山を離れることになったが、「少しずつ進むしかない」。太田さんは自らに言い聞かせる。妻かおりさん(56)も「帰る家ができたことを大事にしたい」と前を向く。
 ただ、今後の生活への不安は消えない。被災地近くに所有し、主な収入源だった駐車場などからの不動産収入が減り、復興が見通せない中で借り主との賃貸契約解除の可能性もある。太田さんは「確実なのは年金だけ。収入がなくなり、(被災で)支出ばかりかさむ」と気をもむ。
 不動産業のかたわら農業にも従事してきたが、畑も被害を受けた。土石流の被害を甚大化させたとされる盛り土に産業廃棄物が含まれていた疑いがある中、「何が流れてきたか分からない。安全を証明できないといけない。自分が食べたくないものは出荷できない」。農機具などを入れていた小屋も流失してしまった。

太田滋さんも加わっている原告団。提訴した9月28日には現場近くで記者会見を開いた=熱海市伊豆山で

 みなし仮設の入居期間は二年。その後は、どうするのか。「伊豆山からはきっと離れられない」と思いながらも、危険な場所には住みたくないのが本音。土石流の起点付近で、国による砂防工事が進むが、終わるまでには数年かかる。「二年ではここを出られないのではないか」。長期的な見通しは全く立っていない。
 「一生懸命やってきたことが、一瞬でなくなった。人生を否定された感じがする」と憤る。
 被災前、盛り土の存在を知らなかった。生まれ育った場所なのに。「反省している。もっと前から知っていれば、何かできたかもしれない」と悔やむ。
 だからこそ、盛り土があった土地の現旧所有者らだけでなく、盛り土の存在を知り、その危険性を認識していたのに適切な対応を取らなかった行政の責任を重く見る。「うやむやには終わらせたくない」。被害者の会の副会長として、その思いは強い。
 長男は県外での就職が決まり、九月後半に親元を離れた。みなし仮設への引っ越しの準備などで、その見送りも十分にできなかった。かおりさんは「本当なら、自分たちの家で最後のご飯を作ってあげたかったのに、こんなことになって」と残念がる。
 太田さんはたまらず吐露した。「金なんていらない。元の生活に戻してくれれば、何もいらない」
<被災者の応急的な住まい> 全壊するなどして自宅に住めず、避難所となった熱海市内のホテルに身を寄せた被災者は、公営住宅や民間賃貸住宅への入居を進めている。市によると、9月末時点で市営に15世帯、県営に17世帯が入居(予定含む)。民間は66世帯が契約を結んだ。避難先のホテルには20世帯弱が残るが、全員が既に次の住まいを決めている。応急的な住まいは家賃が免除され、入居は最長2年間。また、県は被災者向けに県営住宅1棟40戸を建設する計画で、建設後は被災者の入居を優先する。

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