走法を一から見直し「飛んで一番、走って一番に」<北京の新星④ノルディック複合・山本涼太>

2021年10月7日 06時00分
 表彰台には日本のエースのほかに、もう一人の日本選手が上がった。今年1月、ノルディック複合のワールドカップ(W杯)個人第8戦の山本涼太(長野日野自動車)。長年にわたり日本をけん引する渡部暁斗(北野建設)が日本勢最多の通算19勝を挙げた日、個人種目で初の表彰台となる3位に入った。

昨季のW杯複合男子個人最終戦で5位と健闘した山本涼太。前半飛躍は首位=クリンゲンタール(共同)

 複合の選手だった父親の影響でジャンプを始めたのが小学3年。飛躍と距離でスキーの総合力が求められるこの種目の魅力を、「飛んで一番、走って一番というのはすごくかっこいい」。やがて、渡部暁や荻原健司さんが在籍した早大に進んだ。
 2019―20シーズンから本格的にW杯に参戦。前半の飛躍では世界の列強を、ときに圧倒する。ただ、後半の距離では世界に追い詰められ、表彰台に上がったといっても「ジャンプが良かったから結果が良かったんだろうなと。(後半距離を含めた)複合、という競技に関してはそこまで良くなかった」。日本の長年の課題で、山本も同じ壁にぶつかる。
 下部大会のコンチネンタル杯や国内戦では通用してきたが、W杯レベルでは「一度引き離されると、後戻りができないような差になっている」。有効な打開策が見つからない中、ストックの使い方など走法を一から見直してきた。
 24歳。同じ1997年生まれには、W杯個人総合3連覇のヤールマグヌス・リーベル(ノルウェー)がいる。まだまだ遠い存在だが、「今は勝つ人が固定している。壊してやりたいし、自分も固定になりたい」と向上心を忘れない。(中川耕平)=おわり

 やまもと・りょうた 1997年5月13日生まれ。小学3年でジャンプを始め、複合に転身。昨季のW杯で初めて表彰台に立ち、個人総合14位。早大スポーツ科学部卒。長野県木島平村出身。


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