<変えられた人生 熱海土石流から3カ月>(下)「私」抑え 市議として 被災者の声届ける 高橋さん奔走

2021年10月4日 07時59分

9月定例会の一般質問に立つ高橋さん=熱海市議会で

 一瞬、言葉が途切れた−。九月十五日に開かれた熱海市議会。一般質問に立った高橋幸雄議員(66)の脳裏に、地元伊豆山(いずさん)地区を襲った土石流や、その後の日々の記憶が巡った。
 復旧、復興についてただしていたとき。「あれだけ多くの人が亡くなったのは、まだ信じられない。あの土石流は何だったのか。そう思うと言葉に詰まった」
 大量の土砂がものすごい勢いで住宅地の傾斜を下り、家屋を次々とのみ込む。四階建てで、外壁がれんが色の高橋さんの自宅兼店舗にも直撃。土砂がしぶきを上げた。その様子をとらえ、拡散した動画が土石流のすさまじさを伝えた。
 高橋さんの自宅は倒壊を免れたが、店舗を含む三階以下に土砂が入り込み、大規模半壊。家族は既に避難していて無事だった。
 家族は避難先の市内のホテルに滞在。高橋さんは市役所近くの友人宅に身を寄せた。「避難所に行くのは気が引けた。被災者である前に、(支える側の)議員という考えがあった」

被災した高橋さんの自宅兼店舗=7月26日、熱海市伊豆山で(高橋さん提供)

 毎朝市役所へ行き、町内会長や市職員らと会議を重ね、被災現場へも足を運んだ。住民の生の声を聞いて情報を集め、行政に届けるパイプ役を担った。視察に訪れた菅義偉首相にも現状を伝え、支援を訴えた。
 「どこまでが『(議員としての)公』で、どこまでが『(被災者としての)私』なのか分からなかったが、最後は『公』が勝った」
 一方「土石流の発生前に、もっとできたこともあるのでは」と自問も続ける。消防団員を三十年以上続けた経験で、数日前から地区の川の異変に気付いていた。「土砂災害が起きるときは泥水が出て、大きな石が流れる」。当時はまさにその通りの兆候があった。川の近くに住む友人にも警戒するようお願いしていたところ、土石流が起きた。
 「消防団の経験が役立ち、近所の人をだいぶ、助けられた」と振り返る半面「早い段階から避難指示を出すよう、市に強く働き掛けていればよかった」と悔やむ。当時、市はその前段階の「高齢者等避難」の発令にとどめていた。
 土石流の被害を拡大したとされる起点付近にあった盛り土を造成した業者には、「怒りしかない」。市議会でも過去にこの業者を巡る他の土砂トラブルが話題になったことがある。二〇〇七年に今回の盛り土より高い場所で山林が崩れ、この業者の所有地内にある市の水道施設を直撃。市議として、その現場を訪れた。
 伊豆山の狭い道を、土砂を運ぶ大型トラックが上がっていくなど「異変」にも気付いていたといい、行政に問い合わせたこともある。しかし、対応してくれると信じ、それ以上の行動は取らなかった。「市議会として、(市や業者に)もっと強く言っていれば」と唇をかむ。
 高橋さん一家は神奈川県湯河原町の民間賃貸住宅での生活を始めた。伊豆山の自宅兼店舗は解体するという。同居し、災害を目の当たりにした孫たちが嫌がっているのが一番の理由だ。ただ、「小さいころから住んでいるし、議員の立場もある。将来は戻りたい」。
 「被災者に寄り添った生活再建や被災地の復興を考えなければ」。伊豆山への思いと、議員としての責務を全うする決意は変わらない。(この連載は山中正義が担当しました)

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