泉 麻人 東京深聞《東京近郊 気まぐれ電鉄》瑞穂町 箱根ヶ崎からトトロの丘へ(後編)

2021年10月27日 09時30分

コラムニストの泉麻人さんとイラストレーターのなかむらるみさんが、電車に乗って東京近郊の街を旅する「散歩エッセー」です。


瑞穂町 箱根ヶ崎からトトロの丘へ(後編)

 瑞穂町の箱根ヶ崎に来ている。昼の腹ごしらえに入った「さしだ家」は、ソバとウドンの両者をザルに盛った「合乗り」と呼ばれるメニューが看板のようで、これに天プラやモツ煮を付けてもらったボリュームたっぷりのランチをいただく。5、6卓ほどの小さな店だが、40かそこらの御主人(おそらく「さしだ」さんというのだろう)がほぼひとりで切り盛り(覗かなかったが、奥の厨房に料理人か御夫人がいらっしゃるのかも)しているようで、なかなか忙しそうだ。

こちらは、看板メニューである「合乗り天ざる」(1,350円)

 以前来たときにも伺ったはずだが、店の向こうに見える朽ちかけた土蔵は機織はたおり業を営んでいた明治か大正時代から代々使っていたものらしく「見たこともないような“お宝”が眠っているかもしれません」と御主人がうそぶく。ここでバス旅(大東京のらりくらりバス遊覧)を連載していたときに武蔵村山市の織物協同組合の資料室を訪ねたことがあったけれど、ちょっと西方のこのあたり(瑞穂町石畑)も蚕糸を材にした村山大島つむぎの機織りが盛んだったのだ。

さしだ家の隣にある「土蔵」。かなり年季が感じられる。

 くねくねとした袋状の道筋に玉石垣や生垣が目につく。いかにも古集落の風情漂う道を北方の狭山丘陵へ向かって歩く。大日山遊歩道、天王山遊歩道…などと名づけられたハイカー向けの山道がいくつか設けられているが、瑞穂町の町域の東端に設置された尾引山遊歩道というのを使って、六道山の展望塔まで行ってみようと思う。
 しかし、麓の道がくねくねしているので、遊歩道の入り口を見つけるまで何度か迷った。ツンと鼻をつくニオイの漂う乳牛牧場の脇を通り、福正寺というお寺の裏方から尾引山遊歩道に入っていくと、足もとは階段状に整えられているものの周囲は森林に覆われて、これはけっこう本格的な山歩きの感じだ。

展望塔に向かっていたところ、じっと見ていたら、2匹、3匹と牛たちが出てきました。

山道へ進み、六道山公園展望塔へ。泉さんは虫取り、中村さんはきのこ採り。


 僕はこの連載ではおなじみの“捕虫網”を一応セットして歩いたが、蚊にたかられるだけでさほど大した獲物・・はいない。とはいえ、林が途切れて陽のあたる草原に出たとき、キチキチと羽音を鳴らして飛ぶバッタを見つけて捕まえた。最近あまり見かけなくなった、大型のショウリョウバッタだ。そんなバッタを捕まえた草原の向こうに立つ、レンガ色の廃虚ビルのようなのが六道山公園展望塔。ぐるり周回する階段を4階くらいまで上っていくと、その屋上が見晴らし台になっている。

レンガ調が特徴である「六道山公園展望塔」。高さ13メートルある展望塔。

捕獲されたショウリョウバッタ!

 この日は多少薄雲がかかるほどの晴天だったが、彼方の都心方向には西新宿あたりの高層ビル街が仄かに、逆の西方に御岳をはじめとする奥多摩の山群がよく見えた。ここはタカやワシなどの大型野鳥の観察地としても知られるようで、双眼鏡を首にさげたマニア風の青年が2人、“最近眺めた野鳥”の話をボソボソッと小声で交しているのが耳に入った。
 六道山と呼ばれる狭山丘陵南西部のこの一帯は「となりのトトロ」の舞台の1つ(こういう謂れはよくあるが)とされているようだが、森の中の廃虚じみた展望塔はどことなくジブリのアニメに出てきそうなムードがある。
 丘陵の尾根を西の方へずんずん歩いていくと、地図に浅間神社の表示がある。丘下を走る東京環状に富士山入口、富士山なんてバス停もあって、これはフジヤマと読むらしいけれど、やはりあの富士山ふじさんにたとえて浅間様を祀った土地なのだろう。そんなわけで、浅間神社をめざして歩いたのだけれど、どこかでルートをまちがえて、かなり手前で山を下りてしまった。麓の通りを富士山のバス停の所まで行って、232段の階段を一気に上って浅間神社の境内に辿り着いたが、廃屋になったような社がぽつんと残されただけの寂しい場所だった。

道を間違えてしまい、232段を上る羽目になってしまった場所。

階段を登り切ったあとは、とりあえず、ソーシャルディスタンスを保ち、ひと休憩。


 ちなみに古くから、この浅間神社を境界に北を富士山村、南を箱根ヶ崎村といったそうで、これもあの箱根と富士の関係を思わせるがそもそもは狭山池の脇の狭山神社に奥州(東北)征伐に行く源義家が箱根権現を祀ったのが発端のようだ。(諸説あり)

フジヤマと読むバス停留所にて。

 再び階段を下って、富士山バス停の先の交差点を西方に曲がると、この辺の名産でもある狭山茶の製茶工場の向こうに、「けやき館」と名づけられた瑞穂町の郷土資料館がある。

瑞穂町の郷土資料館「けやき館」取材当日は、「ふるさとの鉄路」の企画展を開催。

 企画展(瑞穂町の鉄路のあゆみ)で展示されていた往年の箱根ヶ崎駅のSL貨物の写真なども興味深かったが、狭山茶や村山紬…に加えてもう1つ、産地である多摩だるまというローカルな達磨人形が目を引いた。とくに両目からだらっと長い黒毛が垂れさがった「ひげだるま」というのはインパクト満点だ。

けやき館の展示にはなかったが、目もとからヒゲが生えているようなユニークな多摩だるまもある。

けやき館の入り口。ここの隣に、「耕心館」という喫茶がある。

 この「けやき館」の隣に「耕心館」というのがあって、こちらは絵画など飾ったイギリス貴族の応接サロン調のカフェで、オチャやケーキ、軽食(なぜかカレーに力が入っている)を楽しむことができる。前庭を見渡せるカフェこそ西洋趣味だが、この建物(母屋)は庭の蔵も含めて、古い箇所は江戸末期建築の豪農屋敷で、醤油醸造に始まって、やはりこの家(細渕家)も長らく養蚕業を営んでいたらしい。

PROFILE


◇泉麻人(コラムニスト)
1956年東京生まれ。慶応義塾大学商学部卒業後、編集者を経てコラムニストとして活動。東京に関する著作を多く著わす。近著に『夏の迷い子』(中央公論新社)、『大東京23区散歩』(講談社)、『東京 いつもの喫茶店』(平凡社)、『1964 前の東京オリンピックのころを回想してみた。』(三賢社)、『冗談音楽の怪人・三木鶏郎』(新潮新書)、『東京いつもの喫茶店』(平凡社)、『大東京のらりくらりバス遊覧』(東京新聞)などがある。『大東京のらりくらりバス遊覧』の続編単行本が2021年2月下旬、東京新聞より発売された。




◇なかむらるみ(イラストレーター)
1980年東京都新宿区生まれ。武蔵野美術大学デザイン情報学科卒。著書に『おじさん図鑑』(小学館)、『おじさん追跡日記』(文藝春秋)がある。
https://tsumamu.tumblr.com/






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定価1,540円(10%税込)
四六判 並製 214ページ(オールカラー) 
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日々進化を遂げる東京(とその周辺)のバス旅、あなたも楽しんでみてはいかがでしょう。
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